そこにあったはずの愛
第五十三話 打ち明けるということ
夜、玲依のマンション。
いつも通り、ソファに並んで座る二人。
けれど、玲依の頭の中には、ずっと、切り出すべき言葉が、重く沈んでいた。
――
「今日、何かあった?」
凛が、玲依の様子に気づいて、そう聞いてきた。
「……ううん、別に」
玲依は、そう答えながら、視線を逸らした。
我ながら、下手な誤魔化しだと思った。
――
けれど、伝えなければならない。
そう分かっていながら、言葉が、うまく出てこなかった。
――
これまでの三年間、玲依は、誰かに自分の予定を報告するという習慣を、持ったことがなかった。
必要なときに、必要なことだけを伝える。
それだけの関係だった。
――
けれど、今は、違う。
凛は、玲依の生活の中に、確かに存在している。
だからこそ、隠すという選択肢は、玲依の中に、存在しなかった。
――
「あのさ」
玲依は、意を決して、口を開いた。
「来週、出張が入って」
――
凛の目が、少しだけ、まばたきをした。
「出張?」
「うん。一泊二日で、大阪」
――
努めて、何でもない口調で言おうとした。
けれど、自分の声が、いつもより硬いことに、玲依自身、気づいていた。
――
「そうなんだ」
凛は、軽く頷いた。
「仕事だもんね、仕方ないよ」
――
その反応は、想定していたよりも、あっさりとしたものだった。
けれど、玲依は、ここで止まるわけにはいかなかった。
――
「……一人じゃない」
「え?」
「社長と、二人で。桐生さんっていう人」
――
一瞬、部屋の空気が、変わった。
凛の表情から、笑みが、すっと消えた。
――
「社長と?」
「うん」
――
短いやり取りだった。
けれど、その短さの中に、これまでにない緊張が、静かに満ちていった。
――
「二人きりで、一泊……」
凛が、その言葉を、確かめるように、繰り返した。
「そう」
玲依は、それ以上、言葉を足せなかった。
――
沈黙が、しばらく続いた。
凛は、視線を、テーブルの一点に落としたまま、動かなかった。
――
「宿泊先、ホテル?」
「うん。部屋は、別々に取ってもらってる」
――
その一言を、玲依は、あえて付け加えた。
安心させたい、という気持ちからだった。
けれど、それが、かえって、この状況の重みを浮き彫りにしてしまう気もした。
――
「別々かぁ」
凛が、ぽつりと呟いた。
その口調には、いつもの軽さがなかった。
――
「心配、してる?」
玲依が、そっと聞いた。
――
凛は、少しの間、黙っていた。
やがて、無理に作ったような笑みを浮かべる。
「まさか」
凛は、少しの間、黙っていた後、そう言った。
「三年間、お互い証明できない約束を、それでも守ってきたんだ。今さら、疑ったりしないよ」
――
その言葉に、嘘はないように聞こえた。
けれど、その笑顔の奥に、何かを押し殺しているような色が、確かにあった。
――
玲依は、その微かな変化を、見逃さなかった。
けれど、それを、どう掬い上げればいいのか、分からなかった。
――
「社長って、どんな人?」
凛が、努めて何気ない口調で、そう聞いてきた。
――
「……仕事はできる人。三年、お世話になってる」
玲依は、そう答えながら、桐生の視線のことを、口にすべきかどうか、一瞬迷った。
けれど、確証のないまま、凛を不必要に不安にさせるだけかもしれない、という思いが、その言葉を、飲み込ませた。
――
「ふうん」
凛は、それ以上、深くは聞かなかった。
けれど、その相槌には、何かを飲み込んだような、重さがあった。
――
「大丈夫だよ」
玲依は、凛の手を、そっと握った。
「行ってきて、すぐ帰るから」
――
「うん」
凛は、その手を、握り返した。
けれど、その力は、いつもより、ほんの少しだけ、弱い気がした。
――
その夜、二人は、いつも通りに寄り添って眠った。
けれど、玲依の胸の中には、伝えたことへの安堵と、伝えたことで生まれた、新しい不安が、同時に存在していた。
――
隣で眠る凛の寝顔を、玲依は、しばらく見つめていた。
――
この報告が、二人の関係に、どんな影を落とすのか。
玲依には、まだ、分からなかった。
けれど、隠さなかったことだけは、間違っていないと、玲依は、そう信じたかった。
夜、玲依のマンション。
いつも通り、ソファに並んで座る二人。
けれど、玲依の頭の中には、ずっと、切り出すべき言葉が、重く沈んでいた。
――
「今日、何かあった?」
凛が、玲依の様子に気づいて、そう聞いてきた。
「……ううん、別に」
玲依は、そう答えながら、視線を逸らした。
我ながら、下手な誤魔化しだと思った。
――
けれど、伝えなければならない。
そう分かっていながら、言葉が、うまく出てこなかった。
――
これまでの三年間、玲依は、誰かに自分の予定を報告するという習慣を、持ったことがなかった。
必要なときに、必要なことだけを伝える。
それだけの関係だった。
――
けれど、今は、違う。
凛は、玲依の生活の中に、確かに存在している。
だからこそ、隠すという選択肢は、玲依の中に、存在しなかった。
――
「あのさ」
玲依は、意を決して、口を開いた。
「来週、出張が入って」
――
凛の目が、少しだけ、まばたきをした。
「出張?」
「うん。一泊二日で、大阪」
――
努めて、何でもない口調で言おうとした。
けれど、自分の声が、いつもより硬いことに、玲依自身、気づいていた。
――
「そうなんだ」
凛は、軽く頷いた。
「仕事だもんね、仕方ないよ」
――
その反応は、想定していたよりも、あっさりとしたものだった。
けれど、玲依は、ここで止まるわけにはいかなかった。
――
「……一人じゃない」
「え?」
「社長と、二人で。桐生さんっていう人」
――
一瞬、部屋の空気が、変わった。
凛の表情から、笑みが、すっと消えた。
――
「社長と?」
「うん」
――
短いやり取りだった。
けれど、その短さの中に、これまでにない緊張が、静かに満ちていった。
――
「二人きりで、一泊……」
凛が、その言葉を、確かめるように、繰り返した。
「そう」
玲依は、それ以上、言葉を足せなかった。
――
沈黙が、しばらく続いた。
凛は、視線を、テーブルの一点に落としたまま、動かなかった。
――
「宿泊先、ホテル?」
「うん。部屋は、別々に取ってもらってる」
――
その一言を、玲依は、あえて付け加えた。
安心させたい、という気持ちからだった。
けれど、それが、かえって、この状況の重みを浮き彫りにしてしまう気もした。
――
「別々かぁ」
凛が、ぽつりと呟いた。
その口調には、いつもの軽さがなかった。
――
「心配、してる?」
玲依が、そっと聞いた。
――
凛は、少しの間、黙っていた。
やがて、無理に作ったような笑みを浮かべる。
「まさか」
凛は、少しの間、黙っていた後、そう言った。
「三年間、お互い証明できない約束を、それでも守ってきたんだ。今さら、疑ったりしないよ」
――
その言葉に、嘘はないように聞こえた。
けれど、その笑顔の奥に、何かを押し殺しているような色が、確かにあった。
――
玲依は、その微かな変化を、見逃さなかった。
けれど、それを、どう掬い上げればいいのか、分からなかった。
――
「社長って、どんな人?」
凛が、努めて何気ない口調で、そう聞いてきた。
――
「……仕事はできる人。三年、お世話になってる」
玲依は、そう答えながら、桐生の視線のことを、口にすべきかどうか、一瞬迷った。
けれど、確証のないまま、凛を不必要に不安にさせるだけかもしれない、という思いが、その言葉を、飲み込ませた。
――
「ふうん」
凛は、それ以上、深くは聞かなかった。
けれど、その相槌には、何かを飲み込んだような、重さがあった。
――
「大丈夫だよ」
玲依は、凛の手を、そっと握った。
「行ってきて、すぐ帰るから」
――
「うん」
凛は、その手を、握り返した。
けれど、その力は、いつもより、ほんの少しだけ、弱い気がした。
――
その夜、二人は、いつも通りに寄り添って眠った。
けれど、玲依の胸の中には、伝えたことへの安堵と、伝えたことで生まれた、新しい不安が、同時に存在していた。
――
隣で眠る凛の寝顔を、玲依は、しばらく見つめていた。
――
この報告が、二人の関係に、どんな影を落とすのか。
玲依には、まだ、分からなかった。
けれど、隠さなかったことだけは、間違っていないと、玲依は、そう信じたかった。