そこにあったはずの愛
第五十五話 隙間から覗く誰か
新幹線が、ホームを離れる。
隣の座席で、玲依が、静かに資料に目を通していた。
――
「今日の商談、先方の反応は、悪くないはずだ」
颯斗は、そう切り出した。
「以前の担当者との経緯を考えれば、慎重に進めた方がいいかと」
玲依が、資料から顔を上げずに、そう応じる。
いつも通りの、隙のないやり取りだった。
――
けれど、しばらくして。
玲依のバッグの中で、スマホが、微かに震えた。
――
玲依の指先が、一瞬、資料を離れる。
画面を、素早く確認する。
――
その一瞬、玲依の口元が、ほんの微かに、緩んだ。
――
颯斗は、その表情の変化を、見逃さなかった。
これまで、業務中に、玲依がこんな表情を見せたことは、一度もなかった。
――
「返信、しなくていいのか」
颯斗は、何気ない調子を装って、そう聞いた。
「……大丈夫です」
玲依は、そう言いながらも、指先を、画面の上で軽く動かした。
短い返信を、送っているようだった。
――
颯斗は、それ以上、何も言わなかった。
けれど、車窓を眺めるふりをしながら、内心では、静かな苛立ちが、じわじわと湧き上がっていた。
――
これまで、颯斗は、他人の些細な行動に、これほど意識を引っ張られたことなど、なかった。
会社の経営でも、人間関係でも、常に自分が主導権を握ってきた。
けれど今、たった一通のメッセージに、こんなにも心を乱されている自分がいる。
――
大阪に到着し、取引先での商談が始まる。
玲依は、いつも通り、完璧な仕事ぶりを見せていた。
けれど、商談の合間、僅かな休憩時間にも、玲依は、スマホを確認していた。
――
「随分、マメに連絡を取っているんだな」
颯斗は、軽い口調を装いながら、そう切り出した。
「友人か、誰かか」
――
玲依の手が、一瞬、止まった。
「……プライベートなことなので」
はっきりとした声だった。
これまでの三年間、玲依が、颯斗の質問に対して、ここまで明確な線を引いたことは、一度もなかった。
――
「そうか」
颯斗は、それ以上、踏み込まなかった。
けれど、内心では、その拒絶の強さに、確かな衝撃を受けていた。
――
業務に関することなら、どんな些細な質問にも、玲依は、丁寧に答えてきた。
それが今、初めて、明確な拒絶が返ってきた。
――
その事実が、逆に、颯斗の中の何かに、火をつけた。
――
よほど、大切な何かがあるらしい。
そう思うと、知りたいという欲求が、これまで以上に強く、颯斗の中で膨らんでいった。
――
商談を終え、夕方、ホテルに到着する。
エントランスで、フロントスタッフから、それぞれの部屋の鍵を受け取る。
――
「今日は、お疲れ様でした」
玲依が、いつも通りの声で、そう言った。
「明日の朝、九時にロビーで」
「分かった」
――
玲依は、一礼して、エレベーターへと向かっていった。
その後ろ姿を、颯斗は、しばらく見送っていた。
――
一人になった部屋。
颯斗は、窓辺に立ち、夜景を眺めながら、今日一日の玲依の様子を、頭の中で反芻していた。
――
スマホを気にする、あの表情。
そして、あの、明確な拒絶。
――
誰なのか。
その存在は、玲依にとって、どれほどの重みを持つ相手なのか。
――
颯斗は、これまでの人生で、欲しいものを、手に入れられなかったことがなかった。
会社も、地位も、女も、すべて、自分の意志で掴み取ってきた。
――
けれど、今回ばかりは、簡単には手に入らないかもしれない。
その予感が、颯斗の中に、初めて生まれていた。
――
けれど、その予感は、颯斗を、諦めさせるどころか、むしろ、静かな闘志を掻き立てていた。
――
簡単に手に入らないものほど、欲しくなる。
それが、颯斗という人間の、性分だった。
――
窓の外、大阪の夜景が、無数の光を瞬かせていた。
その光を見つめながら、颯斗は、拳を、そっと握りしめた。
――
相手が誰であれ。
その理由が何であれ。
自分がそれを超えられないはずがない。
――
その確信だけが、颯斗の中で、静かに、しかし確実に、輪郭を強めていった。
新幹線が、ホームを離れる。
隣の座席で、玲依が、静かに資料に目を通していた。
――
「今日の商談、先方の反応は、悪くないはずだ」
颯斗は、そう切り出した。
「以前の担当者との経緯を考えれば、慎重に進めた方がいいかと」
玲依が、資料から顔を上げずに、そう応じる。
いつも通りの、隙のないやり取りだった。
――
けれど、しばらくして。
玲依のバッグの中で、スマホが、微かに震えた。
――
玲依の指先が、一瞬、資料を離れる。
画面を、素早く確認する。
――
その一瞬、玲依の口元が、ほんの微かに、緩んだ。
――
颯斗は、その表情の変化を、見逃さなかった。
これまで、業務中に、玲依がこんな表情を見せたことは、一度もなかった。
――
「返信、しなくていいのか」
颯斗は、何気ない調子を装って、そう聞いた。
「……大丈夫です」
玲依は、そう言いながらも、指先を、画面の上で軽く動かした。
短い返信を、送っているようだった。
――
颯斗は、それ以上、何も言わなかった。
けれど、車窓を眺めるふりをしながら、内心では、静かな苛立ちが、じわじわと湧き上がっていた。
――
これまで、颯斗は、他人の些細な行動に、これほど意識を引っ張られたことなど、なかった。
会社の経営でも、人間関係でも、常に自分が主導権を握ってきた。
けれど今、たった一通のメッセージに、こんなにも心を乱されている自分がいる。
――
大阪に到着し、取引先での商談が始まる。
玲依は、いつも通り、完璧な仕事ぶりを見せていた。
けれど、商談の合間、僅かな休憩時間にも、玲依は、スマホを確認していた。
――
「随分、マメに連絡を取っているんだな」
颯斗は、軽い口調を装いながら、そう切り出した。
「友人か、誰かか」
――
玲依の手が、一瞬、止まった。
「……プライベートなことなので」
はっきりとした声だった。
これまでの三年間、玲依が、颯斗の質問に対して、ここまで明確な線を引いたことは、一度もなかった。
――
「そうか」
颯斗は、それ以上、踏み込まなかった。
けれど、内心では、その拒絶の強さに、確かな衝撃を受けていた。
――
業務に関することなら、どんな些細な質問にも、玲依は、丁寧に答えてきた。
それが今、初めて、明確な拒絶が返ってきた。
――
その事実が、逆に、颯斗の中の何かに、火をつけた。
――
よほど、大切な何かがあるらしい。
そう思うと、知りたいという欲求が、これまで以上に強く、颯斗の中で膨らんでいった。
――
商談を終え、夕方、ホテルに到着する。
エントランスで、フロントスタッフから、それぞれの部屋の鍵を受け取る。
――
「今日は、お疲れ様でした」
玲依が、いつも通りの声で、そう言った。
「明日の朝、九時にロビーで」
「分かった」
――
玲依は、一礼して、エレベーターへと向かっていった。
その後ろ姿を、颯斗は、しばらく見送っていた。
――
一人になった部屋。
颯斗は、窓辺に立ち、夜景を眺めながら、今日一日の玲依の様子を、頭の中で反芻していた。
――
スマホを気にする、あの表情。
そして、あの、明確な拒絶。
――
誰なのか。
その存在は、玲依にとって、どれほどの重みを持つ相手なのか。
――
颯斗は、これまでの人生で、欲しいものを、手に入れられなかったことがなかった。
会社も、地位も、女も、すべて、自分の意志で掴み取ってきた。
――
けれど、今回ばかりは、簡単には手に入らないかもしれない。
その予感が、颯斗の中に、初めて生まれていた。
――
けれど、その予感は、颯斗を、諦めさせるどころか、むしろ、静かな闘志を掻き立てていた。
――
簡単に手に入らないものほど、欲しくなる。
それが、颯斗という人間の、性分だった。
――
窓の外、大阪の夜景が、無数の光を瞬かせていた。
その光を見つめながら、颯斗は、拳を、そっと握りしめた。
――
相手が誰であれ。
その理由が何であれ。
自分がそれを超えられないはずがない。
――
その確信だけが、颯斗の中で、静かに、しかし確実に、輪郭を強めていった。