そこにあったはずの愛
第六十三話 隠していた理由
「凛っ!!」
その名前が、玲依の口から、思わず、こぼれ落ちた。
自分でも、抑えられなかった。
――
周囲の作業員たちの視線が、一斉に、こちらへ向いた。
凛の顔が、さらに、青ざめる。
――
「……ちょっと、すみません」
凛は、掠れた声で、近くにいた先輩作業員に、そう断りを入れた。
先輩は、怪訝そうな顔をしながらも、小さく頷いた。
「十分だけだぞ」
――
凛は、資材を置き、玲依の方へと、歩いてきた。
その足取りは、いつもより、ずっと重かった。
――
工事現場から、少し離れた、裏路地。
街灯の光も届かない、薄暗い一角だった。
二人は、そこで、向かい合った。
――
しばらく、どちらも、言葉を発せなかった。
夜風が、二人の間を、静かに通り抜けていく。
――
玲依は、凛の姿を、あらためて、見つめた。
汗ばんだ作業着。
疲労の滲んだ、目の下の影。
そのすべてが、今、初めて、玲依の目に、はっきりと映っていた。
――
「凛」
先に、口を開いたのは、玲依だった。
「……うん」
凛の声は、消え入りそうだった。
――
「どうして」
玲依の声が、微かに、震えた。
「どうして、隠してたの」
――
その言葉を受け取った瞬間、凛の表情が、目に見えて、凍りついた。
顔から、完全に、血の気が引いていく。
――
凛の中で、その一言は、ある意味を持って、響いていた。
――
どうして、嘘をついていたのか。
どうして、こんな、惨めな自分を、隠していたのか。
こんな人間だと分かっていたら、初めから、選ばなかったのに。
――
そう、責められているように、聞こえてしまった。
――
「……ごめん」
凛の口から、やっとのことで、それだけが、絞り出された。
「本当に、……ごめん」
――
その謝罪の言葉に、玲依は、戸惑った。
――
「謝ってほしいわけじゃなくて」
玲依は、必死に、言葉を続けようとした。
「ただ、どうして」
――
けれど、その先の言葉は、続かなかった。
何をどう伝えれば、この状況が、正しく凛に届くのか、玲依自身、分からなかった。
――
凛は、俯いたまま、動かなかった。
その顔には、羞恥と、絶望が、深く、刻まれていた。
――
「……大学生とか、恰好つけて」
凛の声が、震えていた。
「本当は、こんな、汚い仕事しかできなくて」
――
「そんなこと」
玲依は、慌てて、否定しようとした。
「別に、気にしてない」
――
けれど、その言葉さえも、今の凛には、正しく届かなかった。
気にしていない、という言葉が、逆に、憐れみのように、聞こえてしまっていた。
――
二人の間に流れる空気は、これまでのどんな沈黙とも、違っていた。
――
同じ場所に立ちながら、まったく、違う言葉を、聞き取っていた。
玲依の想いは、凛には届かず、凛の絶望は、玲依には見えなかった。
――
「凛」
玲依が、もう一度、名前を呼ぶ。
けれど、凛は、顔を上げなかった。
――
遠くから、先輩作業員の声が聞こえた。
「おーい、そろそろ戻れよ」
――
凛の肩が、びくりと、揺れた。
「……行かなきゃ」
そう言うと、凛は、玲依に背を向けた。
――
「凛、待って」
玲依が、その背中に、手を伸ばそうとする。
けれど、凛は、振り返らなかった。
――
「また、今度、ちゃんと話す」
そう言い残して、凛は、工事現場へと、駆け戻っていった。
――
玲依は、その場に、一人、取り残された。
――
暗い路地に、玲依の影だけが、長く、伸びていた。
――
伝えたかった想いは、届かなかった。
そのことだけが、確かな痛みとして、玲依の胸に、残っていた。
――
けれど、玲依には、まだ、知る由もなかった。
――
凛の中で、この夜が、どれほど深い絶望として、刻まれてしまったのかを。
「凛っ!!」
その名前が、玲依の口から、思わず、こぼれ落ちた。
自分でも、抑えられなかった。
――
周囲の作業員たちの視線が、一斉に、こちらへ向いた。
凛の顔が、さらに、青ざめる。
――
「……ちょっと、すみません」
凛は、掠れた声で、近くにいた先輩作業員に、そう断りを入れた。
先輩は、怪訝そうな顔をしながらも、小さく頷いた。
「十分だけだぞ」
――
凛は、資材を置き、玲依の方へと、歩いてきた。
その足取りは、いつもより、ずっと重かった。
――
工事現場から、少し離れた、裏路地。
街灯の光も届かない、薄暗い一角だった。
二人は、そこで、向かい合った。
――
しばらく、どちらも、言葉を発せなかった。
夜風が、二人の間を、静かに通り抜けていく。
――
玲依は、凛の姿を、あらためて、見つめた。
汗ばんだ作業着。
疲労の滲んだ、目の下の影。
そのすべてが、今、初めて、玲依の目に、はっきりと映っていた。
――
「凛」
先に、口を開いたのは、玲依だった。
「……うん」
凛の声は、消え入りそうだった。
――
「どうして」
玲依の声が、微かに、震えた。
「どうして、隠してたの」
――
その言葉を受け取った瞬間、凛の表情が、目に見えて、凍りついた。
顔から、完全に、血の気が引いていく。
――
凛の中で、その一言は、ある意味を持って、響いていた。
――
どうして、嘘をついていたのか。
どうして、こんな、惨めな自分を、隠していたのか。
こんな人間だと分かっていたら、初めから、選ばなかったのに。
――
そう、責められているように、聞こえてしまった。
――
「……ごめん」
凛の口から、やっとのことで、それだけが、絞り出された。
「本当に、……ごめん」
――
その謝罪の言葉に、玲依は、戸惑った。
――
「謝ってほしいわけじゃなくて」
玲依は、必死に、言葉を続けようとした。
「ただ、どうして」
――
けれど、その先の言葉は、続かなかった。
何をどう伝えれば、この状況が、正しく凛に届くのか、玲依自身、分からなかった。
――
凛は、俯いたまま、動かなかった。
その顔には、羞恥と、絶望が、深く、刻まれていた。
――
「……大学生とか、恰好つけて」
凛の声が、震えていた。
「本当は、こんな、汚い仕事しかできなくて」
――
「そんなこと」
玲依は、慌てて、否定しようとした。
「別に、気にしてない」
――
けれど、その言葉さえも、今の凛には、正しく届かなかった。
気にしていない、という言葉が、逆に、憐れみのように、聞こえてしまっていた。
――
二人の間に流れる空気は、これまでのどんな沈黙とも、違っていた。
――
同じ場所に立ちながら、まったく、違う言葉を、聞き取っていた。
玲依の想いは、凛には届かず、凛の絶望は、玲依には見えなかった。
――
「凛」
玲依が、もう一度、名前を呼ぶ。
けれど、凛は、顔を上げなかった。
――
遠くから、先輩作業員の声が聞こえた。
「おーい、そろそろ戻れよ」
――
凛の肩が、びくりと、揺れた。
「……行かなきゃ」
そう言うと、凛は、玲依に背を向けた。
――
「凛、待って」
玲依が、その背中に、手を伸ばそうとする。
けれど、凛は、振り返らなかった。
――
「また、今度、ちゃんと話す」
そう言い残して、凛は、工事現場へと、駆け戻っていった。
――
玲依は、その場に、一人、取り残された。
――
暗い路地に、玲依の影だけが、長く、伸びていた。
――
伝えたかった想いは、届かなかった。
そのことだけが、確かな痛みとして、玲依の胸に、残っていた。
――
けれど、玲依には、まだ、知る由もなかった。
――
凛の中で、この夜が、どれほど深い絶望として、刻まれてしまったのかを。