そこにあったはずの愛
第六十四話 消えたい
勤務を終え、凛は、一人、夜道を歩いていた。
体は、疲れきっているはずだった。
けれど、頭の中だけが、いやに、冴えていた。
――
――どうして、隠してたの。
玲依の言葉が、何度も、頭の中で、繰り返される。
――
あの声に、責めるような響きは、なかった。
それでも、凛の中では、その一言が、深く、抜けない棘のように、突き刺さったままだった。
――
――この世界で、彼女と対等に生きていける自信が、君にはあるか。
桐生の言葉も、重なって、蘇る。
――
答えは、とうに、分かっていた。
自分には、その自信など、どこにもなかった。
――
もっと早く、話しておけば良かったのだろうか。
凛は、歩きながら、そう考えた。
けれど、話せなかった理由も、確かにあった。
――
惨めな自分を、玲依に、知られたくなかった。
大学生の顔をして、身なりを整えて、玲依の隣に立てる自分でいたかった。
その見栄が、今、こんな形で、崩れ落ちてしまった。
――
「また、今度、ちゃんと話す」
そう、自分から、言ってしまった。
――
その言葉が、今、凛の胸に、重くのしかかっていた。
――
話す、ということは、つまり、玲依と、正面から向き合うということだった。
――
その場で、何を、言われるのだろう。
凛は、歩きながら、想像せずにはいられなかった。
――
呆れられるだろうか。
失望されるだろうか。
――
あるいは。
――
「もう、無理かもしれない」
そう、告げられてしまうのではないか。
――
その可能性が、頭に浮かんだ瞬間、凛の足が、思わず、止まった。
――
捨てられる。
その言葉が、初めて、はっきりとした輪郭を持って、凛の中に、居座った。
――
「気にしてない」
玲依は、あの場で、そう言ってくれた。
けれど、あれは、本当に、玲依の本心だったのだろうか。
――
驚きのあまり、とっさに、口をついて出ただけの言葉だったのかもしれない。
冷静になって、今夜のことを、じっくり考え直したとき。
玲依の気持ちが、変わってしまう可能性は、十分にあった。
――
三年間、体だけの関係だった頃から、ずっと、自分を偽り続けてきた。
その事実を知られた今、玲依が、それでも、自分を選び続けてくれる保証など、どこにもなかった。
――
凛は、再び、歩き出した。
けれど、足取りは、いつもより、ずっと、重かった。
――
アパートに戻り、狭い部屋の明かりをつける。
いつもと変わらない、殺風景な部屋。
けれど、今夜は、その狭さが、いつも以上に、身に染みた。
――
ベッドに、力なく、腰を下ろす。
スマホを取り出す。
けれど、玲依からの連絡は、何も、届いていなかった。
――
その事実が、余計に、不安を煽った。
怒っているのだろうか。
それとも、失望して、言葉すら、かける気になれないのだろうか。
――
考えれば考えるほど、悪い想像ばかりが、膨らんでいった。
――
このまま、玲依と、正面から向き合う勇気が、自分にあるだろうか。
責められることが、怖い。
失望されることが、怖い。
そして何より。
――
捨てられることが、怖かった。
――
天井を見上げながら、凛は、深く、息を吐いた。
――
いっそ、このまま、消えてしまえたら。
そんな考えが、ふと、頭をよぎった。
――
玲依と向き合って、失望される結末を迎えるくらいなら。
自分から、姿を消してしまった方が、まだ、楽なのかもしれない。
――
そうすれば、玲依は、自分よりもっと相応しい誰かと、傷つくことなく、幸せになれるのかもしれない。
――
その考えは、まだ、はっきりとした決意ではなかった。
けれど、一度浮かんでしまうと、頭の中から、簡単には、消えてくれなかった。
――
窓の外、夜は、静かに更けていく。
凛は、暗い天井を見つめたまま、長い夜を、一人、抱え込んでいた。
勤務を終え、凛は、一人、夜道を歩いていた。
体は、疲れきっているはずだった。
けれど、頭の中だけが、いやに、冴えていた。
――
――どうして、隠してたの。
玲依の言葉が、何度も、頭の中で、繰り返される。
――
あの声に、責めるような響きは、なかった。
それでも、凛の中では、その一言が、深く、抜けない棘のように、突き刺さったままだった。
――
――この世界で、彼女と対等に生きていける自信が、君にはあるか。
桐生の言葉も、重なって、蘇る。
――
答えは、とうに、分かっていた。
自分には、その自信など、どこにもなかった。
――
もっと早く、話しておけば良かったのだろうか。
凛は、歩きながら、そう考えた。
けれど、話せなかった理由も、確かにあった。
――
惨めな自分を、玲依に、知られたくなかった。
大学生の顔をして、身なりを整えて、玲依の隣に立てる自分でいたかった。
その見栄が、今、こんな形で、崩れ落ちてしまった。
――
「また、今度、ちゃんと話す」
そう、自分から、言ってしまった。
――
その言葉が、今、凛の胸に、重くのしかかっていた。
――
話す、ということは、つまり、玲依と、正面から向き合うということだった。
――
その場で、何を、言われるのだろう。
凛は、歩きながら、想像せずにはいられなかった。
――
呆れられるだろうか。
失望されるだろうか。
――
あるいは。
――
「もう、無理かもしれない」
そう、告げられてしまうのではないか。
――
その可能性が、頭に浮かんだ瞬間、凛の足が、思わず、止まった。
――
捨てられる。
その言葉が、初めて、はっきりとした輪郭を持って、凛の中に、居座った。
――
「気にしてない」
玲依は、あの場で、そう言ってくれた。
けれど、あれは、本当に、玲依の本心だったのだろうか。
――
驚きのあまり、とっさに、口をついて出ただけの言葉だったのかもしれない。
冷静になって、今夜のことを、じっくり考え直したとき。
玲依の気持ちが、変わってしまう可能性は、十分にあった。
――
三年間、体だけの関係だった頃から、ずっと、自分を偽り続けてきた。
その事実を知られた今、玲依が、それでも、自分を選び続けてくれる保証など、どこにもなかった。
――
凛は、再び、歩き出した。
けれど、足取りは、いつもより、ずっと、重かった。
――
アパートに戻り、狭い部屋の明かりをつける。
いつもと変わらない、殺風景な部屋。
けれど、今夜は、その狭さが、いつも以上に、身に染みた。
――
ベッドに、力なく、腰を下ろす。
スマホを取り出す。
けれど、玲依からの連絡は、何も、届いていなかった。
――
その事実が、余計に、不安を煽った。
怒っているのだろうか。
それとも、失望して、言葉すら、かける気になれないのだろうか。
――
考えれば考えるほど、悪い想像ばかりが、膨らんでいった。
――
このまま、玲依と、正面から向き合う勇気が、自分にあるだろうか。
責められることが、怖い。
失望されることが、怖い。
そして何より。
――
捨てられることが、怖かった。
――
天井を見上げながら、凛は、深く、息を吐いた。
――
いっそ、このまま、消えてしまえたら。
そんな考えが、ふと、頭をよぎった。
――
玲依と向き合って、失望される結末を迎えるくらいなら。
自分から、姿を消してしまった方が、まだ、楽なのかもしれない。
――
そうすれば、玲依は、自分よりもっと相応しい誰かと、傷つくことなく、幸せになれるのかもしれない。
――
その考えは、まだ、はっきりとした決意ではなかった。
けれど、一度浮かんでしまうと、頭の中から、簡単には、消えてくれなかった。
――
窓の外、夜は、静かに更けていく。
凛は、暗い天井を見つめたまま、長い夜を、一人、抱え込んでいた。