そこにあったはずの愛
第六十七話 知らなかった部屋
店長からもらったメモを、玲依は何度も確認しながら歩いていた。
スマホの地図アプリと実際の景色を、何度も見比べる。
普段、足を踏み入れることのない土地だった。
駅から離れるにつれ、街の空気が少しずつ変わっていった。
チェーン店の看板は減り、古い商店や狭い路地が増えていく。
見慣れない街並みに、玲依の中に微かな戸惑いが生まれていた。
――
やがて、メモに書かれた住所と目の前の景色が一致した。
玲依は足を止めた。
目の前に建っていたのは、年季の入った木造二階建てのアパートだった。
外階段は錆びつき、踏み板の一部が変色していた。
壁の色はあちこち剥げ落ち、元の色すら分からなくなっていた。
玲依は、その建物を前に、思わず目を見開いた。
これが、凛の住んでいる場所。
そう理解するまでに、しばらく時間がかかった。
実家暮らしだと、聞いていた。
普通の大学生としての生活を送っていると、ずっとそう思っていた。
けれど、目の前にあるのは、その言葉とはあまりにもかけ離れた光景だった。
玲依は、自分の中で何かが静かに崩れていく音を聞いた。
これまで積み重ねてきた違和感が、頭の中で次々と繋がっていく。
疲れた顔。
短くなった連絡。
言葉の端々に滲んでいたぎこちなさ。
その全てが、この光景一つで意味を持ち始めていた。
玲依は、アパートの前に立ち尽くしたまま、しばらく動けなかった。
――
「あの」
不意に、背後から声がかかった。
振り返ると、買い物袋を提げた年配の女性が、玲依を不思議そうに見ていた。
「二階の子に、何か用?」
「あ、はい」
玲依は慌てて頭を下げた。
「赤羽さん、いらっしゃいますか」
女性は、少し考えるような表情を見せた。
「赤羽くん、ここ数日、見かけないねえ」
その言葉に、玲依の胸が鈍く痛んだ。
「いつから、見ていませんか」
「そうねえ。四、五日前かしら」
女性は、記憶を辿るように、そう言った。
「大きな鞄、持って出ていくの見たよ。旅行にでも行くのかと思ったけど」
「鞄を、持って」
玲依は、それを繰り返した。
「うん。それっきり、姿、見てないねえ」
女性は、そう言うと、心配そうに玲依の顔を見た。
「あんた、赤羽くんの、知り合い?」
「……はい」
玲依は、それだけ答えた。
女性は、それ以上深くは聞かなかった。
「気をつけてね」
そう言い残すと、自分の部屋へと戻っていった。
――
玲依は、一人、その場に取り残された。
古びたアパートを、もう一度見上げる。
この場所に、凛はいない。
その事実だけが、今、確かなことだった。
行き先は、どこにもなかった。
手がかりは、完全に途絶えていた。
夜の街に、玲依は一人、立ち尽くしていた。
これから、どうすればいいのか。
答えは、どこにも見つからなかった。
店長からもらったメモを、玲依は何度も確認しながら歩いていた。
スマホの地図アプリと実際の景色を、何度も見比べる。
普段、足を踏み入れることのない土地だった。
駅から離れるにつれ、街の空気が少しずつ変わっていった。
チェーン店の看板は減り、古い商店や狭い路地が増えていく。
見慣れない街並みに、玲依の中に微かな戸惑いが生まれていた。
――
やがて、メモに書かれた住所と目の前の景色が一致した。
玲依は足を止めた。
目の前に建っていたのは、年季の入った木造二階建てのアパートだった。
外階段は錆びつき、踏み板の一部が変色していた。
壁の色はあちこち剥げ落ち、元の色すら分からなくなっていた。
玲依は、その建物を前に、思わず目を見開いた。
これが、凛の住んでいる場所。
そう理解するまでに、しばらく時間がかかった。
実家暮らしだと、聞いていた。
普通の大学生としての生活を送っていると、ずっとそう思っていた。
けれど、目の前にあるのは、その言葉とはあまりにもかけ離れた光景だった。
玲依は、自分の中で何かが静かに崩れていく音を聞いた。
これまで積み重ねてきた違和感が、頭の中で次々と繋がっていく。
疲れた顔。
短くなった連絡。
言葉の端々に滲んでいたぎこちなさ。
その全てが、この光景一つで意味を持ち始めていた。
玲依は、アパートの前に立ち尽くしたまま、しばらく動けなかった。
――
「あの」
不意に、背後から声がかかった。
振り返ると、買い物袋を提げた年配の女性が、玲依を不思議そうに見ていた。
「二階の子に、何か用?」
「あ、はい」
玲依は慌てて頭を下げた。
「赤羽さん、いらっしゃいますか」
女性は、少し考えるような表情を見せた。
「赤羽くん、ここ数日、見かけないねえ」
その言葉に、玲依の胸が鈍く痛んだ。
「いつから、見ていませんか」
「そうねえ。四、五日前かしら」
女性は、記憶を辿るように、そう言った。
「大きな鞄、持って出ていくの見たよ。旅行にでも行くのかと思ったけど」
「鞄を、持って」
玲依は、それを繰り返した。
「うん。それっきり、姿、見てないねえ」
女性は、そう言うと、心配そうに玲依の顔を見た。
「あんた、赤羽くんの、知り合い?」
「……はい」
玲依は、それだけ答えた。
女性は、それ以上深くは聞かなかった。
「気をつけてね」
そう言い残すと、自分の部屋へと戻っていった。
――
玲依は、一人、その場に取り残された。
古びたアパートを、もう一度見上げる。
この場所に、凛はいない。
その事実だけが、今、確かなことだった。
行き先は、どこにもなかった。
手がかりは、完全に途絶えていた。
夜の街に、玲依は一人、立ち尽くしていた。
これから、どうすればいいのか。
答えは、どこにも見つからなかった。