そこにあったはずの愛
第七話 不器用な一歩

目が覚めても、重さは消えていなかった。

昨夜、結局返せなかったメッセージ。

画面を開くと、まだそこにあった。

「今日行っていい?」

たった一言。

なのに、どう返せばいいのか分からなかった。

――

出社の支度をしながら、何度も文面を考える。

「ごめん」だけでは、素っ気なさすぎる。

「大丈夫」では、何も伝わらない気がした。

こんなに一通のメッセージに悩んだことなど、今までなかった。

三年間、返事はいつも簡潔だった。

いいよ、今日は無理。

それだけで十分だった。

なのに今は、言葉ひとつ選ぶのに、こんなにも時間がかかる。

――

結局、駅に向かう道すがら、玲依は指を動かした。

「昨日はごめん」

「今日なら大丈夫」

多くを語らない、短い一文。

けれど、これだけの言葉を選ぶのに、随分と時間がかかった。

送信した瞬間、妙に落ち着かない気持ちになった。

気にかけている、ということが、伝わってしまっただろうか。

そんなことを考えている自分に、玲依は戸惑った。

今まで、誰かの反応をこんなふうに気にしたことはなかった。

――

昼を過ぎた頃、返信が来た。

「了解」

「気にしてないから大丈夫」

いつも通りの、軽い一言。

けれどその後に、もう一言だけ続いていた。

「無理しないでね」

たった五文字。

なのに、いつもと違う何かが滲んでいる気がした。

うまく言葉にできない温度が、画面越しに伝わってくる。

――

その日、仕事の合間に何度も、その一文を読み返した。

無理しないでね。

そんな言葉を、凛からもらったのは初めてだった。

三年間、体だけの関係だと自分に言い聞かせてきた。

けれど今、たった五文字に、こんなにも心が動かされている。

気にかける、ということ。

気にかけられる、ということ。

そのどちらも、今まで自分から遠ざけてきたはずだった。

なのに今は、それを嫌だと思っていない自分がいる。

その事実に、玲依は静かに戸惑っていた。
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