そこにあったはずの愛
第八話 痛みの理由
玄関の鍵を開けると、いつも通り明かりが漏れていた。
いつも通りのはずだった。
けれど、心臓が少しだけ速く動いていた。
リビングに入ると、凛が振り返る。
「おかえり」
いつもの軽い声。
その声を聞いただけで、胸の奥が小さく波打った。
いつも通りを装おうと、玲依はカバンを置いた。
自分でも、うまく装えている自信はなかった。
――
ソファに並んで座ると、自然に凛の手が伸びてくる。
いつもと同じ、始まりのはずだった。
けれど触れられた瞬間、玲依は息を止めた。
いつもと同じ手のはずなのに、何かが違う。
――
体は、いつも通りに応じていく。
けれど、その奥で、今まで感じたことのない何かが込み上げてきた。
快楽でも、寂しさを埋める感覚でもない。
もっと別の、名前のつけられない痛みだった。
胸の真ん中が、ぎゅっと締め付けられる。
これは、何なのだろう。
考える余裕もないまま、感覚だけが押し寄せてくる。
凛は、今もただこの行為を求めているだけだと、玲依は思っていた。
それに、凛が本当に自分だけを見ているのかどうかさえ、玲依にはまだ分からなかった。
合鍵を渡しているのは自分だけ。
凛の部屋も、凛の生活も、知らないまま今日まで来てしまった。
信じている、と言い切れるほどの確信は、どこにもなかった。
だから、この痛みを気づかれてはいけない。
今まで一度も、何かを隠したことなどなかったのに。
声を殺し、表情を隠す。
そんな不器用な真似を、初めてしていた。
――
行為が終わり、静けさが戻ってくる。
隣で息を整える凛の横顔を、玲依はそっと窺った。
汗の滲んだ額。
閉じられた目。
何も知らないその顔に、なぜか切なさが募った。
この関係に、名前はない。
三年間、それでいいと思ってきた。
なのに今、その名前のなさが、初めてはっきりと重く感じられた。
――
「玲依さん」
不意に名前を呼ばれて、玲依は我に返った。
「何でもない」
そう答えるしかなかった。
凛は少しの間、玲依の顔を見つめていた。
けれど、それ以上は何も聞かなかった。
玲依は静かに目を閉じた。
この痛みの理由を、まだ自分でも認められなかった。
認めてしまえば、もう戻れない気がした。
玄関の鍵を開けると、いつも通り明かりが漏れていた。
いつも通りのはずだった。
けれど、心臓が少しだけ速く動いていた。
リビングに入ると、凛が振り返る。
「おかえり」
いつもの軽い声。
その声を聞いただけで、胸の奥が小さく波打った。
いつも通りを装おうと、玲依はカバンを置いた。
自分でも、うまく装えている自信はなかった。
――
ソファに並んで座ると、自然に凛の手が伸びてくる。
いつもと同じ、始まりのはずだった。
けれど触れられた瞬間、玲依は息を止めた。
いつもと同じ手のはずなのに、何かが違う。
――
体は、いつも通りに応じていく。
けれど、その奥で、今まで感じたことのない何かが込み上げてきた。
快楽でも、寂しさを埋める感覚でもない。
もっと別の、名前のつけられない痛みだった。
胸の真ん中が、ぎゅっと締め付けられる。
これは、何なのだろう。
考える余裕もないまま、感覚だけが押し寄せてくる。
凛は、今もただこの行為を求めているだけだと、玲依は思っていた。
それに、凛が本当に自分だけを見ているのかどうかさえ、玲依にはまだ分からなかった。
合鍵を渡しているのは自分だけ。
凛の部屋も、凛の生活も、知らないまま今日まで来てしまった。
信じている、と言い切れるほどの確信は、どこにもなかった。
だから、この痛みを気づかれてはいけない。
今まで一度も、何かを隠したことなどなかったのに。
声を殺し、表情を隠す。
そんな不器用な真似を、初めてしていた。
――
行為が終わり、静けさが戻ってくる。
隣で息を整える凛の横顔を、玲依はそっと窺った。
汗の滲んだ額。
閉じられた目。
何も知らないその顔に、なぜか切なさが募った。
この関係に、名前はない。
三年間、それでいいと思ってきた。
なのに今、その名前のなさが、初めてはっきりと重く感じられた。
――
「玲依さん」
不意に名前を呼ばれて、玲依は我に返った。
「何でもない」
そう答えるしかなかった。
凛は少しの間、玲依の顔を見つめていた。
けれど、それ以上は何も聞かなかった。
玲依は静かに目を閉じた。
この痛みの理由を、まだ自分でも認められなかった。
認めてしまえば、もう戻れない気がした。