そこにあったはずの愛
第七十話 値踏みする沈黙

地図アプリを頼りに、玲依は慣れない田舎道を歩いていた。

駅から離れるほど、辺りは静かになっていく。

田んぼの間に、ぽつぽつと家が建つ、のどかな風景だった。

やがて、目的地に辿り着いた。

古い平屋の一軒家。

庭先に、小さな花壇が見えた。

玲依は、その前で一度、深く息を吸った。

意を決して、玄関の呼び鈴を押す。

――

しばらくして、引き戸が開いた。

現れたのは、小柄な、白髪の女性だった。

穏やかな顔立ちの中に、どこか鋭さを感じさせる目があった。

「どちら様?」

「突然、申し訳ありません」

玲依は深く頭を下げた。

「黒崎、玲依と申します。凛さんの……」

言葉が、そこで一瞬、詰まった。

「凛さんと、お付き合いさせていただいている者です」

――

祖母の目が、僅かに細められた。

その視線が、玲依の全身を上から下まで、ゆっくりとなぞっていく。

隙のない身なり。

丁寧な言葉遣い。

整えられた立ち振る舞い。

その視線に、悪意はなかった。

けれど、値踏みするような、静かな重みがあった。

玲依は、その沈黙の中で、自分が確かに何かを測られていることを感じていた。

「……そう」

祖母は、それだけ呟いた。

「凛は、ここにいるんですか」

玲依は、思わずそう尋ねた。

祖母は、すぐには答えなかった。

しばらくの間、玲依をじっと見つめていた。

「あなた、凛の何を、知ってるの」

不意に、そう問われた。

「え?」

「凛が、どんな暮らしをしてきたか。何を、我慢してきたか。あなた、ちゃんと知ってる?」

――

その問いに、玲依は言葉に詰まった。

答えられなかった。

これまで、玲依は、凛の生活について何も知らなかった。

その事実を、あらためて突きつけられていた。

「……知りませんでした」

玲依は、正直にそう答えた。

「今日、初めて知りました」

祖母は、その返答を静かに受け止めた。

表情は変わらなかった。

「そう」

短い相槌だった。

「今日は、会わせられません」

――

はっきりとした拒絶だった。

「凛は、疲れてる。今は、そっとしておいてあげたい」

「けど」

玲依が食い下がろうとする。

「けど、じゃないの」

祖母の声が、静かに、けれど有無を言わせない強さを持って遮った。

「あなたが、どれだけ本気か、私には、まだ分からない」

「本気です」

玲依は、即座にそう言った。

祖母は、その言葉を少しの間、見つめるように玲依を見た。

けれど、頷きはしなかった。

「言葉だけなら、誰でも言える」

その一言が、玲依の胸に鋭く突き刺さった。

「今日のところは、帰りなさい」

祖母は、そう言うと、静かに引き戸に手をかけた。

「凛には、あなたが来たことは、伝えておく」

「待ってください」

玲依が、思わず声を上げる。

けれど、祖母は、それ以上耳を貸さなかった。

引き戸が、静かに閉められた。

――

玲依は、閉じられた戸の前で、しばらく立ち尽くしていた。

追い返された。

その事実が、じわじわと玲依の中に染み込んでいく。

けれど、不思議と、諦める気持ちにはならなかった。

もう一度、来よう。

祖母が、本気だと認めてくれるまで。

玲依は、そう心に決めながら、来た道を一人、引き返していった。
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