そこにあったはずの愛
第七十一話 手放すもの
祖母の家から東京へ戻る電車の中、玲依は窓の外を、ずっと見つめていた。
追い返された悔しさよりも、はっきりとした確信の方が、玲依の中で強くなっていた。
このままでは、駄目だ。
仕事を続けながら、この状況に向き合うことはできない。
――
翌朝、玲依は、いつもより早く、社長室のドアを叩いた。
「桐生さん。少し、お時間よろしいですか」
「ああ、どうした」
書類から顔を上げ、桐生が玲依を見た。
玲依は深く息を吸った。
「退職させていただきたいと思います」
一瞬、社長室に沈黙が落ちた。
桐生の表情が、明らかに揺れた。
「……急だな」
「申し訳ありません。急なお話であることは、承知しています」
玲依は、まっすぐに桐生を見つめたまま、そう答えた。
「理由を、聞いても?」
桐生の声は、努めて冷静さを保っていた。
けれど、その奥に、隠しきれない動揺が確かにあった。
「今の私には、この仕事より、優先しなければならないことがあります」
玲依は、それだけを答えた。
「今、行かなければならない場所があります」
短い一言だった。
けれど、その言葉に、迷いは微塵もなかった。
――
桐生は、しばらく玲依を見つめていた。
その視線の中に、様々な感情が渦を巻いているのが、玲依にも伝わってきた。
「……そんなに、大事な奴なのか」
その一言に、桐生らしくない、隠しきれない未練が滲んでいた。
これまで常に余裕を崩さなかった男が、初めて見せた、素の表情だった。
玲依は、少し、間を置いてから答えた。
「私が、今、行かなければならない相手です」
桐生は、目を伏せた。
しばらくの間、何も言わなかった。
やがて、小さく息を吐いた。
「そうか」
それ以上、桐生は何も聞かなかった。
引き止めることも、しなかった。
「……三年間、よく尽くしてくれた」
桐生の声は静かだった。
「感謝している」
その言葉に、玲依は深く頭を下げた。
「こちらこそ、お世話になりました」
「後任には、時間をかけて、しっかり引き継いでくれ」
「もちろんです」
事務的なやり取りが、その後、淡々と続いた。
けれど、桐生の目に、これまでのような余裕は、戻ってこなかった。
――
社長室を出て、廊下を歩きながら、玲依は、自分の中に、これまで感じたことのない身軽さが、広がっていくのを感じていた。
すべてを手放した。
けれど、失ったという感覚は、不思議となかった。
代わりに、これから向かうべき場所が、これまでになくはっきりと、玲依の中に見えていた。
もう、迷うことはなかった。
祖母の家から東京へ戻る電車の中、玲依は窓の外を、ずっと見つめていた。
追い返された悔しさよりも、はっきりとした確信の方が、玲依の中で強くなっていた。
このままでは、駄目だ。
仕事を続けながら、この状況に向き合うことはできない。
――
翌朝、玲依は、いつもより早く、社長室のドアを叩いた。
「桐生さん。少し、お時間よろしいですか」
「ああ、どうした」
書類から顔を上げ、桐生が玲依を見た。
玲依は深く息を吸った。
「退職させていただきたいと思います」
一瞬、社長室に沈黙が落ちた。
桐生の表情が、明らかに揺れた。
「……急だな」
「申し訳ありません。急なお話であることは、承知しています」
玲依は、まっすぐに桐生を見つめたまま、そう答えた。
「理由を、聞いても?」
桐生の声は、努めて冷静さを保っていた。
けれど、その奥に、隠しきれない動揺が確かにあった。
「今の私には、この仕事より、優先しなければならないことがあります」
玲依は、それだけを答えた。
「今、行かなければならない場所があります」
短い一言だった。
けれど、その言葉に、迷いは微塵もなかった。
――
桐生は、しばらく玲依を見つめていた。
その視線の中に、様々な感情が渦を巻いているのが、玲依にも伝わってきた。
「……そんなに、大事な奴なのか」
その一言に、桐生らしくない、隠しきれない未練が滲んでいた。
これまで常に余裕を崩さなかった男が、初めて見せた、素の表情だった。
玲依は、少し、間を置いてから答えた。
「私が、今、行かなければならない相手です」
桐生は、目を伏せた。
しばらくの間、何も言わなかった。
やがて、小さく息を吐いた。
「そうか」
それ以上、桐生は何も聞かなかった。
引き止めることも、しなかった。
「……三年間、よく尽くしてくれた」
桐生の声は静かだった。
「感謝している」
その言葉に、玲依は深く頭を下げた。
「こちらこそ、お世話になりました」
「後任には、時間をかけて、しっかり引き継いでくれ」
「もちろんです」
事務的なやり取りが、その後、淡々と続いた。
けれど、桐生の目に、これまでのような余裕は、戻ってこなかった。
――
社長室を出て、廊下を歩きながら、玲依は、自分の中に、これまで感じたことのない身軽さが、広がっていくのを感じていた。
すべてを手放した。
けれど、失ったという感覚は、不思議となかった。
代わりに、これから向かうべき場所が、これまでになくはっきりと、玲依の中に見えていた。
もう、迷うことはなかった。