そこにあったはずの愛
第七十七話 二人で描く、これから

日曜の朝、玲依はいつもより遅く目を覚ました。

隣で眠る凛の寝顔を、しばらく眺める。

無職になってから、こんなふうに朝をゆっくり過ごせる日が増えていた。

それが、まだ少し不思議な感覚だった。

「おはよう」

凛が、目を擦りながら身を起こした。

「おはよう」

玲依は、その頬に軽くキスを落とした。

――

キッチンで、コーヒーを淹れながら、玲依はふと考え込んでいた。

無職の日々は穏やかだった。

けれど、いつまでも、このままではいられない。

「なんか、考え事?」

凛が、後ろからそう聞いてきた。

「そろそろ、仕事、探さなきゃなって」

玲依は正直にそう答えた。

「まだ、決めてないの?」

「うん。何がしたいのか、実は、あんまり考えたことなかった」

これまでの三年間、玲依は、秘書という仕事に疑問を持ったことがなかった。

けれど、いざ自由に選べるとなると、何を選べばいいのか分からなくなっていた。

「玲依さんは、何が得意なの」

凛が、テーブルに着きながら、そう聞いた。

「秘書業務以外で」

「うーん」

玲依は少し考えた。

「人と話すのは、苦じゃない。あと、細かい調整とか、段取りを組むのは得意だと思う」

「じゃあ、そういうの活かせる仕事、色々あるんじゃない?」

凛が、コーヒーを一口飲みながら、そう言った。

「焦らなくていいと思うけど」

「あなたは、どうなの」

玲依はそう聞き返した。

「卒業したら、就職するの?」

凛の表情が、少し曇った。

「実は、それも、まだ決めてなくて」

「絵を続けたい気持ちも、あるけど。それだけで食べていくのは、正直、難しいし」

――

二人とも、まだ、明確な答えを持っていなかった。

けれど、その事実を、こうして正直に話し合えることが、玲依には、これまでになく心地よかった。

「一人で、決めなくていいよね」

玲依が、そう、ぽつりと呟いた。

「うん」

凛が頷いた。

「これから、二人で考えていけばいい」

その一言に、玲依の胸が、じんと温かくなった。

「そういえば」

玲依は、ふと思い出したように続けた。

「父が、広告業界で働いてるんだけど」

「昔から、話したことも、ほとんどなかった」

凛が、興味深そうに玲依を見た。

「エリートって、感じの人?」

「うん、そうなのかな」

玲依は、小さく苦笑した。

「昔は、避けてた。けど、今は、少し考えが変わってきたかも」

その変化に、玲依自身、少し驚いていた。

家族というものに、これまでずっと距離を置いてきた。

けれど、凛と支え合う今の生活が、その距離感を、少しずつ変えているのかもしれなかった。

「今日、どこか出かけようか」

玲依が、話題を変えるように、そう提案した。

「気分転換に」

「いいね」

凛が笑顔で頷いた。

「久しぶりに、公園とか、歩きたい」

――

支度を終え、二人は近所の公園へと足を運んだ。

秋の柔らかな日差しが、木々の葉を金色に染めていた。

「なんか、こういう普通の時間が、一番幸せかもね」

凛が、隣を歩きながら、そう言った。

「うん」

玲依は、その手をそっと握った。

「未来のこと、まだ何も決まってないけど」

玲依は、繋いだ手に少し力を込めた。

「二人でなら、なんとかなる気がする」

「そうだね」

凛が、微笑みながら、玲依の手を握り返した。

秋風が、二人の間を心地よく吹き抜けていく。

これから、どんな未来が待っているのか、まだはっきりとは分からない。

けれど、隣に確かな存在があるという事実だけで、玲依の心は、これまでになく穏やかだった。
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