そこにあったはずの愛
第七十九話 高校生らしい、まっすぐな好意
昼休み、中庭のベンチで、凛は一人、パンを頬張っていた。
課題の合間の、短い休憩だった。
「あの」
不意に、声をかけられた。
顔を上げると、見覚えのある女の子が、そこに立っていた。
一瞬、誰だったか記憶を辿る。
「オープンキャンパスで、お会いした者です」
彼女が、少し緊張した様子で、そう名乗った。
「ああ」
凛は、ようやく思い出した。
友人と一緒に、ライブドローイングを見ていた、あの女の子だった。
「大学、また、来たんだ」
「はい。あの日から、ずっと」
彼女は、そこで一度、言葉を切った。
「気になって、いてもたってもいられなくて。受付で、凛さんの、学科、聞いて」
その正直さに、凛は思わず苦笑した。
高校生らしい、まっすぐな行動力だった。
「凛さんの授業の時間、調べて、来ました」
「わざわざ?」
「はい」
彼女は、頬を赤らめながらも、まっすぐに凛を見つめていた。
「連絡先、聞いても、いいですか」
凛は、少し返答に迷った。
無下に扱いたくはなかった。
けれど、はっきりさせる必要があった。
「ありがとう。その気持ちは、嬉しいよ」
凛は、できるだけ丁寧に、言葉を選んだ。
「けど、俺、付き合ってる人がいるんだ」
その一言に、彼女の表情が、目に見えて揺れた。
「……そう、なんですか」
声が、少し震えていた。
すぐには、次の言葉が出てこないようだった。
「なんか、悔しいです」
その正直な反応に、凛は少し驚いた。
てっきり、すぐに引き下がるものだと思っていた。
「ごめんね」
「いえ」
彼女は、しばらく地面を見つめたまま、動かなかった。
「その人、どんな人ですか」
不意にそう聞かれ、凛は少し面食らった。
「え?」
「気になります。凛さんが、選んだ人」
凛は少し考えてから、答えた。
「綺麗で、賢くて。俺には、もったいないくらいの人」
言いながら、自然と口元が緩んでいた。
その表情の変化に、彼女は、また俯いた。
「そう、ですか」
「けど」
彼女は、深呼吸をするように一度、息を吸った。
「諦めるって、決めたわけじゃ、ないです」
「もう少しだけ、頑張ってみようと思います」
その、めげない様子に、凛は内心、少したじろいだ。
「また、話しかけても、いいですか」
「それは」
凛が答えに迷っていると、彼女は先に話を続けた。
「友達として、です。ちゃんと分かってます」
「今日は、これで、帰ります」
彼女は、そう言うと、小さく頭を下げ、足早に立ち去っていった。
その背中を、凛はしばらく見送っていた。
一筋縄ではいかなそうな相手だった。
――
その夜、玲依のマンションで、凛は今日の出来事を話した。
「大学まで、俺の授業時間、調べて、来たんだよね」
「へえ」
玲依は、料理をする手を止めずに、そう相槌を打った。
「彼女がいるって言ったんだけど。全然、引き下がらなくて」
「まだ、頑張るって、言われた」
玲依は、その言葉に少し意外そうな顔をした。
「粘り強いね」
「うん。ちょっと驚いた」
「彼女、どんな人って聞かれて」
凛は、そう言いながら、ふっと、笑った。
「なんて答えたの」
玲依が、興味深そうに、そう尋ねた。
「綺麗で、賢くて。俺には、もったいないくらいの人、って」
その答えに、玲依は頬を少し赤らめた。
「そんなこと、言ったの」
「本当のことだから」
玲依は、小さく笑いながら、鍋の中身をかき混ぜた。
その横顔には、動揺どころか確かな安心感が滲んでいた。
三年間、体だけの関係だった頃も、恋人になってからも、二人は、他の誰にも心を動かされたことがなかった。
嫉妬という感情すら、今の玲依には遠いものだった。
それは、言葉で確かめ合うまでもなく、二人がすでに、互いの中で疑いようのない確信として持っているものだった。
「高校生なんだよね」
玲依が、そう聞いた。
「多分。制服、着てたし」
「まっすぐで、いいね。そういうの」
玲依は、そう言いながら、皿をテーブルに並べていく。
その口調には、微塵の焦りもなかった。
――
夕食を並べ終え、二人は向かい合って席に着いた。
湯気の立つ料理を前に、いつも通りの穏やかな夜が始まろうとしていた。
けれど、あの女の子の、諦めきらない、まっすぐな眼差しが、凛の頭の片隅に、まだ僅かに残っていた。
昼休み、中庭のベンチで、凛は一人、パンを頬張っていた。
課題の合間の、短い休憩だった。
「あの」
不意に、声をかけられた。
顔を上げると、見覚えのある女の子が、そこに立っていた。
一瞬、誰だったか記憶を辿る。
「オープンキャンパスで、お会いした者です」
彼女が、少し緊張した様子で、そう名乗った。
「ああ」
凛は、ようやく思い出した。
友人と一緒に、ライブドローイングを見ていた、あの女の子だった。
「大学、また、来たんだ」
「はい。あの日から、ずっと」
彼女は、そこで一度、言葉を切った。
「気になって、いてもたってもいられなくて。受付で、凛さんの、学科、聞いて」
その正直さに、凛は思わず苦笑した。
高校生らしい、まっすぐな行動力だった。
「凛さんの授業の時間、調べて、来ました」
「わざわざ?」
「はい」
彼女は、頬を赤らめながらも、まっすぐに凛を見つめていた。
「連絡先、聞いても、いいですか」
凛は、少し返答に迷った。
無下に扱いたくはなかった。
けれど、はっきりさせる必要があった。
「ありがとう。その気持ちは、嬉しいよ」
凛は、できるだけ丁寧に、言葉を選んだ。
「けど、俺、付き合ってる人がいるんだ」
その一言に、彼女の表情が、目に見えて揺れた。
「……そう、なんですか」
声が、少し震えていた。
すぐには、次の言葉が出てこないようだった。
「なんか、悔しいです」
その正直な反応に、凛は少し驚いた。
てっきり、すぐに引き下がるものだと思っていた。
「ごめんね」
「いえ」
彼女は、しばらく地面を見つめたまま、動かなかった。
「その人、どんな人ですか」
不意にそう聞かれ、凛は少し面食らった。
「え?」
「気になります。凛さんが、選んだ人」
凛は少し考えてから、答えた。
「綺麗で、賢くて。俺には、もったいないくらいの人」
言いながら、自然と口元が緩んでいた。
その表情の変化に、彼女は、また俯いた。
「そう、ですか」
「けど」
彼女は、深呼吸をするように一度、息を吸った。
「諦めるって、決めたわけじゃ、ないです」
「もう少しだけ、頑張ってみようと思います」
その、めげない様子に、凛は内心、少したじろいだ。
「また、話しかけても、いいですか」
「それは」
凛が答えに迷っていると、彼女は先に話を続けた。
「友達として、です。ちゃんと分かってます」
「今日は、これで、帰ります」
彼女は、そう言うと、小さく頭を下げ、足早に立ち去っていった。
その背中を、凛はしばらく見送っていた。
一筋縄ではいかなそうな相手だった。
――
その夜、玲依のマンションで、凛は今日の出来事を話した。
「大学まで、俺の授業時間、調べて、来たんだよね」
「へえ」
玲依は、料理をする手を止めずに、そう相槌を打った。
「彼女がいるって言ったんだけど。全然、引き下がらなくて」
「まだ、頑張るって、言われた」
玲依は、その言葉に少し意外そうな顔をした。
「粘り強いね」
「うん。ちょっと驚いた」
「彼女、どんな人って聞かれて」
凛は、そう言いながら、ふっと、笑った。
「なんて答えたの」
玲依が、興味深そうに、そう尋ねた。
「綺麗で、賢くて。俺には、もったいないくらいの人、って」
その答えに、玲依は頬を少し赤らめた。
「そんなこと、言ったの」
「本当のことだから」
玲依は、小さく笑いながら、鍋の中身をかき混ぜた。
その横顔には、動揺どころか確かな安心感が滲んでいた。
三年間、体だけの関係だった頃も、恋人になってからも、二人は、他の誰にも心を動かされたことがなかった。
嫉妬という感情すら、今の玲依には遠いものだった。
それは、言葉で確かめ合うまでもなく、二人がすでに、互いの中で疑いようのない確信として持っているものだった。
「高校生なんだよね」
玲依が、そう聞いた。
「多分。制服、着てたし」
「まっすぐで、いいね。そういうの」
玲依は、そう言いながら、皿をテーブルに並べていく。
その口調には、微塵の焦りもなかった。
――
夕食を並べ終え、二人は向かい合って席に着いた。
湯気の立つ料理を前に、いつも通りの穏やかな夜が始まろうとしていた。
けれど、あの女の子の、諦めきらない、まっすぐな眼差しが、凛の頭の片隅に、まだ僅かに残っていた。