そこにあったはずの愛
第八十一話 呼び出された理由

スマホに、父からの着信が入ったのは、夕方のことだった。

玲依は、一瞬、出るのを躊躇った。

数えるほどしか、かかってきたことのない番号だった。

「話がある。今度の週末、家に来なさい」

用件だけを伝える、素っ気ない声だった。

玲依には、心当たりがあった。

退職の件が、耳に入ったのだろう。

断る理由も見当たらず、玲依は久しぶりに、実家へ向かうことにした。

――

週末、実家の門の前に立つ。

この場所に来るのは、何年ぶりだろうか。

呼び鈴を押すと、すぐに玄関のドアが開いた。

「玲依ちゃん、いらっしゃい」

継母が、変わらない笑顔で玲依を迎えた。

「お久しぶりです」

玲依は、そう答えながら頭を下げた。

継母の態度に、よそよそしさは微塵もなかった。

以前と同じ、当たり前のような温かさで、玲依を家の中へと招き入れる。

その自然さに、玲依の方が、かえって落ち着かない気持ちになった。

「お姉ちゃん!」

奥から、弾んだ声と共に結依が駆け寄ってきた。

「久しぶり! 全然、来てくれないんだから」

結依が、玲依の腕に、抱きつくように絡みついてくる。

「ごめんね、忙しくて」

玲依は、その屈託のなさに、小さく笑った。

居間に通されると、父が、ソファに腰かけて待っていた。

「座りなさい」

短い一言だった。

玲依は、向かいのソファに腰を下ろした。

「会社を、辞めたそうだな」

父が、開口一番、そう切り出した。

「はい」

「理由を、聞いても」

父の表情は真剣だった。

玲依が、何と答えるべきか言葉を選んでいると、結依が話の途中で割り込んできた。

「お父さん、お姉ちゃんは、後でいいでしょ」

「私の部屋、来て。話したいこと、いっぱいあるの」

「結依、今、話の途中だ」

父が、たしなめるように、そう言った。

けれど結依は、まったく気にせず、玲依の腕を引いた。

「すぐ済むから。ね、お姉ちゃん」

玲依は、父と結依を交互に見た。

父は渋い顔をしていたが、それ以上、強く止めることはしなかった。

「後で、ちゃんと話すから」

玲依は、そう父に断ってから、結依に腕を引かれるまま、二階へと上がっていった。

――

結依の部屋は、玲依の記憶よりも、少し大人びた雰囲気に変わっていた。

壁に貼られたポスターも、以前より落ち着いた色合いのものが増えている。

「座って座って」

結依に促され、玲依は、ベッドの端に腰を下ろした。

「最近、どう?」

「うーん、色々あったけど、元気だよ」

玲依は、当たり障りなく、そう答えた。

結依は、少しの間、もじもじと指先をいじっていた。

「あのね、実は」

「うん」

「今、好きな人がいるの」

その告白に、玲依は、目を少し丸くした。

「そうなんだ」

微笑ましさが、自然と顔に出た。

「どんな人?」

「大学生の人」

結依は、頬を赤らめながら、そう話した。

「ただ、彼女さん、いるんだけどね」

「そっか」

玲依は、その初恋の話に耳を傾けながら、静かに頷いた。

その時、玲依のスマホが、テーブルの上で震えた。

画面を確認すると、凛からの着信だった。

「ちょっと、ごめんね」

玲依は、断りを入れ、電話に出た。

「もしもし」

玲依は、スマホを耳に当てた。

「うん、今、妹の部屋にいる」

「まだ、父とはこれから」

短いやり取りだった。

「うん、また後で」

玲依は、そう言って通話を切った。

結依が、興味深そうに玲依を見ていた。

「今の、彼氏?」

「え」

「お姉ちゃん、雰囲気、変わったよね。前より、柔らかいっていうか」

結依が、にやにやしながら、そう続けた。

「今の電話、その人でしょ」

玲依は、少し動揺しながらも、小さく頷いた。

「うん、まあ」

「良いなあ。私も、そんな余裕、欲しいよ」

結依は、そう言いながら、少し寂しげに笑った。

電話の間、凛の名前は一度も口にしていなかった。

結依も、あえて、それ以上深くは聞いてこなかった。

――

姉妹の間に流れる、この穏やかな時間の裏側で、何が交差しているのか。

二人とも、まだ気づいていなかった。
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