そこにあったはずの愛
第八十三話 もう少しで

あの日以来、結依にせがまれるようになり、まったく帰っていなかったはずの実家に、玲依は、週に二度ほどのペースで、顔を出すようになっていた。

結依は、その変化が単純に嬉しかった。

「お姉ちゃん、今日、泊まっていける?」

居間のソファで、結依は、隣に座る玲依に、そう聞いた。

「ごめん、今日は無理かな」

玲依が、申し訳なさそうに笑う。

「えー、もう帰るの? 最近、帰ってきてくれるようになったのに」

結依は、少し頬を膨らませた。

「今日、家に、彼が来るから」

玲依は、少し照れたように、そう答えた。

その一言に、結依は、少しだけ、胸がざわついた。

「そういえば」

結依は、気を取り直すように続けた。

「お姉ちゃん、スマホ、新しくした?」

「うん、少し前に」

「見せて見せて。ケース、可愛い」

結依は、そう言いながら、玲依の隣から、テーブルに置かれたスマホに手を伸ばした。

「あ」

玲依が、少し慌てたような声を上げた。

けれど、結依の手の方が、僅かに早かった。

画面が、一瞬、点灯する。

ロック画面に、写真が、設定されていた。

寄り添う、二人の姿。

顔は、大きくは、映っていない。

角度も、少し、俯き加減で、はっきりとは分からない。

けれど、写る男性の輪郭に、結依は、一瞬、目を、奪われた。

なぜか、見覚えがある気がした。

けれど、玲依の手が、素早くスマホを結依の手から取り返した。

「他人のスマホ、勝手に見ないよ」

玲依が、そう言いながら、スマホを自分のポケットにしまい込んだ。

「ごめん、つい」

結依は、少し驚きながらも、素直に謝った。

心臓が、まだ微かに、早鐘を打っていた。

今の写真の人、どこかで、見たことがある気がする。

けれど、あまりに一瞬すぎて、はっきりとは思い出せなかった。

「今の写真、彼氏さん?」

結依が、何気なく聞いてみる。

「うん、まあ」

玲依は、少し頬を赤らめながら、そう答えた。

「ねえ、お姉ちゃんの彼氏って、どんな人なの」

結依は、あらためてそう尋ねた。

「前から、気になってたんだけど」

玲依は、少し困ったような表情を浮かべた。

「いつか、ちゃんと紹介するから」

「今は、まだいいでしょ」

その言い方に、結依は少し不満げに口を尖らせた。

「いつかって、いつよ」

「そのうち」

はぐらかされたことに、結依は小さくため息をついた。

けれど、それ以上、強くは聞けなかった。

――

その夜、自分の部屋に戻ってからも、結依の頭の中には、さっきの一瞬の光景が残り続けていた。

あの、写真の男性。

どこかで、確かに、見たことがある。

けれど、それが、いつ、どこでだったのか、思い出せなかった。

結依は、はっとした。

まさか、と思う。

けれど、同時に、そんな偶然あるはずがない、とも思い直す。

きっと、気のせいだろう。

結依は、そう自分に言い聞かせた。

けれど、頭の片隅に、小さな引っかかりが、いつまでも残っていた。

「今度、お姉ちゃんの彼氏、絶対、紹介してもらおう」

結依は、ベッドに横になりながら、そう心に決めた。

単純な好奇心のつもりだった。

けれど、その好奇心の奥に、まだ消えきらない、あの日の想いが僅かに重なっていることに、結依自身、気づいていなかった。
< 83 / 120 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop