そこにあったはずの愛
第八十七話 本当の妹じゃない

玲依は、実家の門の前で、しばらく立ち止まっていた。

あの日から、三日が経っていた。

結依からの返信は、まだない。

それでも、このまま時間だけを過ごすわけにはいかなかった。

玲依は、深く息を吸い、呼び鈴を押した。

出迎えたのは、継母だった。

「玲依ちゃん」

その声に、いつもと違う、微かな緊張が滲んでいた。

結依から、何かしら話は聞いているのかもしれない。

玲依は、そう感じながら頭を下げた。

「結依、いますか」

「二階にいるわ。でも」

継母が、言葉を選ぶように、少し間を置いた。

「今、あの子、あまり機嫌が良くなくて」

「話してみます」

玲依は、そう言うと、靴を脱ぎ、階段を上がった。

――

結依の部屋のドアの前に立ち、一度、深呼吸をする。

ノックをすると、中から素っ気ない声が返ってきた。

「誰」

「私」

沈黙が、ドアの向こうから伝わってきた。

「入って、いい?」

しばらくの間があって、「別に」という投げやりな返事が聞こえた。

玲依は、ドアを開けた。

結依は、ベッドの上に座り、膝を抱えていた。

視線は窓の外に向けられたまま、こちらを見ようとしない。

玲依は、その傍らにそっと腰を下ろした。

「この間は、ごめん」

「もう、いいって言ったよね」

結依の声は硬かった。

「よくない」

玲依は、静かに、けれどはっきりとそう言った。

「ちゃんと、話したい」

結依は、しばらく黙っていた。

やがて、抱えた膝に顔を埋めるようにして口を開いた。

「何を、話すの」

「ずっと、隠しててごめんって、それだけ?」

「それだけじゃない」

玲依は、言葉を慎重に選びながら続けた。

「あなたが、そんなに長い間、一人で抱えてたなんて、思ってもみなかった」

「気づいてあげられなくて、ごめん」

その言葉に、結依が顔を上げた。

目には、また涙が浮かんでいた。

「気づいてあげられなくて、じゃないよ」

結依の声が震え始めた。

「お姉ちゃんは、最初から、私に話す気なんて、なかったんでしょ」

「違う」

「じゃあ、なんで」

結依の声が、次第に大きくなっていく。

「知ってたなら、どうして、何も言ってくれなかったの」

「それって、結局」

結依が、玲依をまっすぐに見た。

「お姉ちゃんが、私のこと、本当の妹だと思ってないんだよ」

「だから、いつも、何も、言ってくれないんだよ」

その言葉が、部屋の外まで届くほどの大きさで響いた。

「そんなこと」

玲依が否定しようとした、その時だった。

――

廊下から、慌てた足音が聞こえ、部屋のドアが勢いよく開いた。

「どうしたの、今の声」

継母が、心配そうな表情で、部屋に駆け込んできた。

結依と玲依、双方の顔を交互に見る。

「結依ちゃん、今、なんて言ったの」

継母の声には、これまでにない切迫した響きがあった。

結依は、涙を拭いながら俯いた。

「……なんでも、ない」

「なんでもなくは、ないでしょう」

継母は、結依の前に膝をついた。

「私のこと、本当の妹だと思ってないって、聞こえたけど」

その言葉に、結依の肩が、びくりと震えた。

継母の視線が、玲依へと移る。

そして、次に、また結依へと戻った。

「結依ちゃん、あなた」

継母の声が、微かに揺れていた。

「もしかして、玲依ちゃんと、お母さんが違うこと、知ってるの」

部屋に、重い沈黙が落ちた。

結依は、しばらく答えなかった。

けれど、やがて小さく頷いた。

継母は、大きく目を見開いた。

「いつから」

「三年前」

結依が、消え入りそうな声で答えた。

「お母さんの、鏡台の引き出しで、見つけたの」

継母は、言葉を失ったまま、その場に立ち尽くしていた。

玲依が知っていることは、当然、承知していた。

けれど、結依まで、この三年間、その事実を知りながら何も言わずにいたとは、想像もしていなかった。

「そんな、こと」

継母の声が掠れる。

しばらくの沈黙の後、継母は、大きく息を吐いた。

「ここで、立ち話するようなことじゃないわね」

継母は、努めて落ち着いた声で、そう言った。

「下に、行って、話しましょう」

「行かない」

結依が、即座に、そう返した。

「話すことなんて、もう、ない」

「結依ちゃん」

継母が、優しく、けれど、有無を言わせない声で、名前を呼んだ。

「お願い。ちゃんと、話を、聞かせて」

結依は、しばらく、抵抗するように、目を逸らしていた。

けれど、やがて、諦めたように、小さく息を吐き、立ち上がった。

三人は、無言のまま、部屋を出た。

玲依は、その後ろ姿を追いながら、重い足取りで、階段を降りていった。

これから、何かが語られようとしている。

玲依は、その予感を抱きながら、リビングへと向かった。
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