そこにあったはずの愛
第八十八話 聞こえてくる声
リビングのソファに、三人は、それぞれ距離を置いて座った。
結依は、腕を組み、頑なに、視線を床に落としたままだった。
玲依は、しばらく言葉を選んでいた。
やがて、静かに口を開いた。
「本当に、ごめん」
結依は、答えなかった。
「結依が、知ってるなんて、思わなかった」
玲依は、言葉を続けた。
「知ってたら、もっと早くに、ちゃんと話してた」
それでも、結依は、何も言わなかった。
ただ、俯いたまま、膝の上で手を握りしめている。
沈黙が、リビングに重く垂れ込めた。
――
継母は、その様子をじっと見つめていた。
やがて、静かに口を開いた。
「二人とも、聞かせてくれる」
継母の声は、努めて穏やかだった。
「何が、あったの」
その問いに、結依が先に反応した。
「お姉ちゃんの、彼氏」
結依が、投げやりな口調で、そう吐き捨てた。
「私が、好きだった人だったの」
継母が、僅かに目を見開いた。
けれど、その驚きは一瞬だった。
二十五歳と十八歳。
どちらも、恋愛関係の一つや二つ、あって当然の年齢だった。
継母は、それ以上、深くは触れなかった。
「……結依」
玲依が、ようやく口を開いた。
けれど、それ以上続く言葉が見つからなかった。
ただ、その名前を呼ぶことしかできなかった。
「もう、そんなこと、どうでもいいの」
結依が、顔を上げた。
目には、また涙が滲んでいた。
「お姉ちゃんが、私のこと、本当の妹だと思ってないことの方が、私にとっては一番、辛いんだよっ」
その声が、リビングに響き渡った。
「私、三年前、この事実を知った後も」
結依の声が震え始める。
「ずっと、お姉ちゃんは、私のお姉ちゃんだった」
「なのに」
言葉が、そこで詰まった。
「なのに……っ」
こらえきれず、結依の目から涙が溢れ出した。
肩が、大きく震えている。
――
玲依は、その姿をじっと見つめていた。
胸の奥が、締め付けられるように痛んだ。
けれど、すぐに、言葉が出てこなかった。
結依の涙に、寄り添いたい気持ちはある。
継母の、努めて穏やかな態度にも、確かな優しさを感じている。
それでも、長年、自分の中に築いてきた、この家族との間の壁は、簡単には、崩れてくれなかった。
継母が、結依の背中に、そっと手を添えた。
「結依ちゃん」
継母は、震える声で、そう、絞り出した。
「……ごめんね」
「本当に、ごめん」
結依は、答える代わりに、小さくしゃくり上げた。
その光景を、玲依は、少し離れた場所から見つめていた。
自分には、まだ、素直に踏み込めない距離。
けれど、それを、羨む気持ちだけでは、済まされない何かが、玲依の胸の中に、渦巻いていた。
――
その頃、廊下では、父が、リビングのドアの前に、静かに立っていた。
中から漏れ聞こえてくる、三人の声。
結依の涙声。
継母の、優しく、けれど、張り詰めた声。
そして、玲依の、戸惑いを含んだ、短い言葉。
父は、しばらく、そこに立ち尽くしたまま、動かなかった。
ドアに、手をかけようとして、けれど、止める。
そのまま、踵を返し、静かに、書斎へと、足を向けた。
書斎の机の引き出しを、そっと開ける。
その奥に、一枚の写真が、大切に、しまわれていた。
父は、その写真を、手に取った。
色褪せた、古い写真だった。
写っているのは、大きなお腹を抱えた、若かりし頃の玲依の母と、その隣で、笑顔を向ける、若い頃の継母だった。
穏やかな笑みを浮かべる、二人の姿を、父は、しばらくの間、じっと、見つめ続けていた。
リビングのソファに、三人は、それぞれ距離を置いて座った。
結依は、腕を組み、頑なに、視線を床に落としたままだった。
玲依は、しばらく言葉を選んでいた。
やがて、静かに口を開いた。
「本当に、ごめん」
結依は、答えなかった。
「結依が、知ってるなんて、思わなかった」
玲依は、言葉を続けた。
「知ってたら、もっと早くに、ちゃんと話してた」
それでも、結依は、何も言わなかった。
ただ、俯いたまま、膝の上で手を握りしめている。
沈黙が、リビングに重く垂れ込めた。
――
継母は、その様子をじっと見つめていた。
やがて、静かに口を開いた。
「二人とも、聞かせてくれる」
継母の声は、努めて穏やかだった。
「何が、あったの」
その問いに、結依が先に反応した。
「お姉ちゃんの、彼氏」
結依が、投げやりな口調で、そう吐き捨てた。
「私が、好きだった人だったの」
継母が、僅かに目を見開いた。
けれど、その驚きは一瞬だった。
二十五歳と十八歳。
どちらも、恋愛関係の一つや二つ、あって当然の年齢だった。
継母は、それ以上、深くは触れなかった。
「……結依」
玲依が、ようやく口を開いた。
けれど、それ以上続く言葉が見つからなかった。
ただ、その名前を呼ぶことしかできなかった。
「もう、そんなこと、どうでもいいの」
結依が、顔を上げた。
目には、また涙が滲んでいた。
「お姉ちゃんが、私のこと、本当の妹だと思ってないことの方が、私にとっては一番、辛いんだよっ」
その声が、リビングに響き渡った。
「私、三年前、この事実を知った後も」
結依の声が震え始める。
「ずっと、お姉ちゃんは、私のお姉ちゃんだった」
「なのに」
言葉が、そこで詰まった。
「なのに……っ」
こらえきれず、結依の目から涙が溢れ出した。
肩が、大きく震えている。
――
玲依は、その姿をじっと見つめていた。
胸の奥が、締め付けられるように痛んだ。
けれど、すぐに、言葉が出てこなかった。
結依の涙に、寄り添いたい気持ちはある。
継母の、努めて穏やかな態度にも、確かな優しさを感じている。
それでも、長年、自分の中に築いてきた、この家族との間の壁は、簡単には、崩れてくれなかった。
継母が、結依の背中に、そっと手を添えた。
「結依ちゃん」
継母は、震える声で、そう、絞り出した。
「……ごめんね」
「本当に、ごめん」
結依は、答える代わりに、小さくしゃくり上げた。
その光景を、玲依は、少し離れた場所から見つめていた。
自分には、まだ、素直に踏み込めない距離。
けれど、それを、羨む気持ちだけでは、済まされない何かが、玲依の胸の中に、渦巻いていた。
――
その頃、廊下では、父が、リビングのドアの前に、静かに立っていた。
中から漏れ聞こえてくる、三人の声。
結依の涙声。
継母の、優しく、けれど、張り詰めた声。
そして、玲依の、戸惑いを含んだ、短い言葉。
父は、しばらく、そこに立ち尽くしたまま、動かなかった。
ドアに、手をかけようとして、けれど、止める。
そのまま、踵を返し、静かに、書斎へと、足を向けた。
書斎の机の引き出しを、そっと開ける。
その奥に、一枚の写真が、大切に、しまわれていた。
父は、その写真を、手に取った。
色褪せた、古い写真だった。
写っているのは、大きなお腹を抱えた、若かりし頃の玲依の母と、その隣で、笑顔を向ける、若い頃の継母だった。
穏やかな笑みを浮かべる、二人の姿を、父は、しばらくの間、じっと、見つめ続けていた。