そこにあったはずの愛
第九十話 腕の中の赤ん坊
父は、しばらく黙り込んでいた。
膝の上で、両手を固く組んでいる。
やがて、絞り出すように言葉を続けた。
「玲那は」
一度、言葉を止める。
「お前を産んで、半年も経たないうちに、亡くなった」
その一言に、リビングの空気が、一瞬にして変わった。
「あまりに、急なことだった」
父の声が、微かに震えていた。
「体調を崩して、あっという間に。医者も、手の施しようがなかった」
玲依は、その言葉を、ただ黙って受け止めていた。
これまでも、実母の死は知っていた。
けれど、その、あまりの唐突さを、こうしてあらためて聞かされると、胸の奥が鈍く痛んだ。
――
「葬式の日のことは、今でもよく覚えてる」
父は、遠くを見るような目で続けた。
「お前を抱いて、参列した」
「まだ、首も、ようやく据わったくらいの小さな体だった」
玲依は、想像することしかできなかった。
自分が、腕の中にいた、あの日の光景。
「周りは、みんな泣いていた」
父は、静かに語り続けた。
「けれど、俺は、泣くわけにはいかなかった」
「お前を、抱いていたから」
その言葉に、玲依は胸を締め付けられた。
父が、あの時、どれほどの悲しみを抱え込みながら、気丈に振る舞っていたのか。
想像するだけで苦しくなった。
――
「お前は」
父が、少し口元を緩めた。
「何も知らずに。俺の腕の中で、ずっと笑ってた」
「周りが、あんなに泣いているのに。お前だけは、無邪気に笑ってるんだ」
その情景を、玲依は頭の中に思い描いた。
母の死も知らず、ただ無邪気に笑う、赤ん坊の自分。
その対比が、あまりにも切なかった。
「それが、余計に辛くて」
父の声が、微かに掠れる。
「けど、同時に、救われた気もしてた」
「この子は、何も知らないんだ。だから、この子だけは守らなきゃって」
その言葉に、玲依の目に涙が滲んできた。
――
「結香は」
父が、ふと継母の方を見た。
「その場に、いた」
継母が、静かに頷いた。
「玲那ちゃんの、一番の親友として」
継母が、ようやく口を開いた。
「参列させて、もらったの」
その声には、当時を思い出すような、深い悲しみの色が滲んでいた。
「私も、ずっと泣いてた」
継母は続けた。
「けど、ふと、あなたの腕の中を見たら」
継母の視線が、玲依へと向けられた。
「玲依ちゃんが、笑ってて」
「その顔を見た時、なぜか涙が止まったの」
その言葉に、玲依は思わず継母を見つめ返した。
「悲しいはずなのに。なぜか、この子を見てると、涙が止まってしまって」
継母の目に、また新しい涙が滲み始めていた。
「なんでなのか、その時は自分でも分からなかった」
「けど、今なら分かる気がする」
継母は、静かにそう続けた。
その先に、何が語られようとしているのか。
玲依は、息を詰めて、次の言葉を待った。
――
リビングには、静かな、けれど確かな緊張感が漂い続けていた。
これから明かされようとしている真実に、玲依は心の準備を整えていた。
父は、しばらく黙り込んでいた。
膝の上で、両手を固く組んでいる。
やがて、絞り出すように言葉を続けた。
「玲那は」
一度、言葉を止める。
「お前を産んで、半年も経たないうちに、亡くなった」
その一言に、リビングの空気が、一瞬にして変わった。
「あまりに、急なことだった」
父の声が、微かに震えていた。
「体調を崩して、あっという間に。医者も、手の施しようがなかった」
玲依は、その言葉を、ただ黙って受け止めていた。
これまでも、実母の死は知っていた。
けれど、その、あまりの唐突さを、こうしてあらためて聞かされると、胸の奥が鈍く痛んだ。
――
「葬式の日のことは、今でもよく覚えてる」
父は、遠くを見るような目で続けた。
「お前を抱いて、参列した」
「まだ、首も、ようやく据わったくらいの小さな体だった」
玲依は、想像することしかできなかった。
自分が、腕の中にいた、あの日の光景。
「周りは、みんな泣いていた」
父は、静かに語り続けた。
「けれど、俺は、泣くわけにはいかなかった」
「お前を、抱いていたから」
その言葉に、玲依は胸を締め付けられた。
父が、あの時、どれほどの悲しみを抱え込みながら、気丈に振る舞っていたのか。
想像するだけで苦しくなった。
――
「お前は」
父が、少し口元を緩めた。
「何も知らずに。俺の腕の中で、ずっと笑ってた」
「周りが、あんなに泣いているのに。お前だけは、無邪気に笑ってるんだ」
その情景を、玲依は頭の中に思い描いた。
母の死も知らず、ただ無邪気に笑う、赤ん坊の自分。
その対比が、あまりにも切なかった。
「それが、余計に辛くて」
父の声が、微かに掠れる。
「けど、同時に、救われた気もしてた」
「この子は、何も知らないんだ。だから、この子だけは守らなきゃって」
その言葉に、玲依の目に涙が滲んできた。
――
「結香は」
父が、ふと継母の方を見た。
「その場に、いた」
継母が、静かに頷いた。
「玲那ちゃんの、一番の親友として」
継母が、ようやく口を開いた。
「参列させて、もらったの」
その声には、当時を思い出すような、深い悲しみの色が滲んでいた。
「私も、ずっと泣いてた」
継母は続けた。
「けど、ふと、あなたの腕の中を見たら」
継母の視線が、玲依へと向けられた。
「玲依ちゃんが、笑ってて」
「その顔を見た時、なぜか涙が止まったの」
その言葉に、玲依は思わず継母を見つめ返した。
「悲しいはずなのに。なぜか、この子を見てると、涙が止まってしまって」
継母の目に、また新しい涙が滲み始めていた。
「なんでなのか、その時は自分でも分からなかった」
「けど、今なら分かる気がする」
継母は、静かにそう続けた。
その先に、何が語られようとしているのか。
玲依は、息を詰めて、次の言葉を待った。
――
リビングには、静かな、けれど確かな緊張感が漂い続けていた。
これから明かされようとしている真実に、玲依は心の準備を整えていた。