そこにあったはずの愛
第九十四話 歪んでいった、自分

全員の視線が、静かに玲依へと向けられていた。

玲依は、しばらく言葉を探していた。

やがて、深く息を吸い、口を開いた。

「小さい頃から」

玲依は、記憶を辿るように話し始めた。

「家に、お母さんの遺影があった」

「だから、お継母さんが、本当のお母さんじゃないってことは、なんとなく分かってた」

継母が、静かに頷いた。

「けど」

玲依は続けた。

「幼い頃は、何も疑問に思わなかった」

「お継母さんは、いつも優しかったし。愛情を、注いでくれてるのも感じてた」

「だから、何の違和感もなく、それを受け取ってた」

その言葉に、継母の目に、微かな安堵の色が浮かんだ。

「けど」

玲依の声が、少し沈んだ。

「小学校三、四年生くらいの頃から」

「なんだか、居心地が悪くなっていったの」

玲依は、その頃の記憶を、慎重にたぐり寄せた。

「血の繋がらない私が、どうして、結依と同じように大切にされるんだろうって」

「本当は、差別されるべきなのに。それが、されない」

「その事実が、逆に、私を不安にさせた」

――

「屈託なく、お継母さんに甘える結依を見るたびに」

玲依は続けた。

「羨ましいとか、そういう気持ちじゃなくて」

「なんだか、信じられなくなっていったの」

「本当に、この愛情は、本物なんだろうかって」

「いつか、剥がれ落ちるんじゃないかって」

その言葉に、リビングが静かな沈黙に包まれた。

「それが、いつの間にか」

玲依は、俯きながら続けた。

「お継母さんへの、不信感に変わっていった」

「優しくされるたびに、素直に喜べなくなっていって」

「どこかで、一歩引いて見てしまう自分がいた」

継母は、その言葉をじっと受け止めていた。

その目には、深い悲しみと、同時に理解の色が浮かんでいた。

――

「けど、今日」

玲依は、顔を上げ、継母をまっすぐに見つめた。

「お継母さんの、本当の想いを聞いて」

玲依の目に、また涙が滲み始めた。

「私、ずっと勘違いしてた」

「差別されるべきなのに、されないことが、おかしいんじゃなくて」

「最初から、差別なんて、する気がなかったんだって」

「ただ、それだけのことだったんだね」

継母の目から、涙が溢れ出した。

「気づいてあげられなくて、ごめんね」

継母が、震える声でそう言った。

「玲依ちゃんが、そんなふうに苦しんでたなんて」

「私の、伝え方が、足りなかったのかもしれない」

「ううん」

玲依は、静かに首を振った。

「お継母さんは、ちゃんと愛情を注いでくれてた」

「それを、素直に受け取れなかったのは、私の方」

その言葉に、結依が静かに口を開いた。

「お姉ちゃん」

結依の目にも、涙が浮かんでいた。

「そんなふうに思ってたなんて、知らなかった」

「私、ただ、無邪気に、お母さんに甘えてただけだったのに」

「それが、お姉ちゃんを苦しめてたなんて」

「あなたのせいじゃない」

玲依は、すぐにそう答えた。

「あなたは、何も悪くない」

「歪んでいったのは、私の心の方だった」

――

リビングに、静かな、けれど確かな和らぎが広がっていった。

これまで、誰にも語ってこなかった、玲依の心の内側。

それを、初めて家族全員に打ち明けたことで、玲依の胸の中に、これまでにない軽さが生まれていた。

長い長い告白の連鎖が、ようやく一つの着地点に辿り着こうとしていた。
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