そこにあったはずの愛
第九十六話 本当は、それだけ

二人きりになったリビングに、静かな時間が流れていた。

結依は、しばらく指先をもじもじと動かしていた。

玲依は、急かさず、その言葉を待った。

やがて、結依が小さく息を吸った。

「あのね」

結依の声は、これまでより少し落ち着いていた。

「凛さんのこと」

その名前に、玲依の胸が微かに緊張した。

「もう、いいの」

結依は、そう言葉を続けた。

「大学で、お姉ちゃんと、凛さんが一緒にいるところ見た時」

結依は、あの日を思い出すように目を伏せた。

「その瞬間に、もう分かったの」

「これは、絶対に敵わないって」

玲依は、黙って、その言葉に耳を傾けていた。

「二人の、雰囲気とか、距離感とか。全部、見た瞬間に諦めがついた」

結依は、静かに続けた。

「初恋だったし、少しは辛かったよ」

「けど、それは、もう平気」

その言葉に、玲依は少し驚いた。

てっきり、あの、激しい感情の爆発は、恋心の裏返しなのだと思い込んでいた。

「じゃあ」

玲依が、思わずそう口にした。

「あの時、あんなに怒ってたのは」

「それは」

結依が、顔を上げた。

その目には、また少し、涙が浮かんでいた。

「凛さんのことじゃ、なかったの」

――

「本当に、悔しかったのは」

結依は、まっすぐに玲依を見つめた。

「お姉ちゃんが、何も話してくれなかったこと」

その一言が、玲依の胸に深く突き刺さった。

「異母姉妹だってことも。凛さんと、付き合ってることも」

結依の声が、少し震え始めた。

「大事なこと、全部、私には話してくれなかった」

「それが、ただ悔しかっただけ」

「凛さんのことは、正直、もう、どうでもいいの」

結依は続けた。

「あの人が、私の初恋の人だったってことより」

「お姉ちゃんが、私のことを、どこまで信頼してくれてるのか、分からなかったことの方が」

「ずっと、辛かった」

その言葉に、玲依は、しばらく言葉を失っていた。

これまで、ずっと、結依の激しい感情を、恋の傷心だと思い込んでいた自分の浅はかさに気づかされた。

本当は、もっと単純で、もっと深い理由だった。

――

「結依」

玲依は、静かに、その名前を呼んだ。

「ごめん」

「もう、聞いたよ、それ」

結依が、少し涙ぐみながら笑った。

「ううん」

玲依は首を振った。

「今度は、ちゃんと分かった上で、謝りたいの」

「あなたを、信頼してなかったわけじゃない」

玲依は、言葉を選びながら続けた。

「ただ、自分のことを、誰かに話すのが怖かった」

「話したら、否定されるんじゃないかって。ずっと、そう思ってた」

「けど、それは、あなたを信じてなかったのと、同じことだよね」

結依は、黙って、その言葉を受け止めていた。

「これからは」

玲依は、はっきりとそう言った。

「ちゃんと話す。大事なことも、迷ってることも」

「あなたを、一番大切な妹だと思ってるから」

その言葉に、結依の顔が、くしゃりと崩れた。

「お姉ちゃん」

結依が、玲依に飛びつくように抱きついた。

玲依は、その体をしっかりと受け止めた。

「これからは」

結依が、玲依の胸に顔を埋めながら言った。

「なんでも、話してよね」

「彼氏の、惚気話とかも、聞きたいし」

その、いつもの明るい調子に、玲依は思わず笑った。

「うん、約束する」

――

二人は、しばらくの間、そのまま抱き合っていた。

リビングに差し込む午後の光が、二人を優しく包み込んでいた。

最初から通じ合っていたはずの、姉妹の絆。

それが、今、ようやく確かな形として、玲依の中に根付いていった。
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