担降りしたはずの推しが、隣に引っ越してきました

人生で初めての推し

その年、美咲は無事に大学へ合格した。
入学してすぐ仲良くなった友人に、ある日誘われた。
「ねえ、美咲。今度Bright Directionのライブ行かない?」
「え?」
「チケット取れたの。二枚」
「Bright Directionって……この前テレビで歌ってた?」
「そう!今すごく人気なんだよ。デビューしたばっかりなのに、もうアリーナツアーするの」
あの日、テレビの向こうから自分を励ましてくれた歌声。
それを、今度は生で聴ける。
「行きたい!」
これが初めてのライブだった。

会場に入った美咲は、始まる前から圧倒されていた。
客席を埋め尽くし、まるで小さな星が無数に浮かんでいるようなペンライトの光。
あちこちから聞こえてくる、ステージを待ちわびるファンの声。

「もうすぐ始まるね」
「オープニングはどの曲かな」
「今日の衣装も楽しみだね」
「SYU、近くで見えるかな」

そして照明が落ちる。
歓声が爆発した。
ステージに四人が現れた瞬間、美咲は息をのんだ。
テレビで見るより、ずっと近い。
歌って、踊って、
時には四人でちょっとしたコントまで始めて、会場を笑わせる。
「……楽しい」
気づけば美咲も笑っていた。
そして最後の曲。
あの日、テレビから流れてきた曲が始まった。
胸の奥が熱くなる。
あのとき自分を励ましてくれた歌を、今は目の前で本人が歌っている。
歌い終えたSYUが、客席を見渡した。
ほんの一瞬。
目が合ったような気がした。
もちろん、そんなはずはない。
一万人以上もいる会場だ。
それでも美咲は思った。
――この人を、ずっと応援したい。
それが人生で初めてできた「推し」だった。
それからの美咲は、見事なまでの推し活生活を送った。
雑誌を買えば愁のページを切り抜いた。
ライブがあれば遠征した。
グッズも買った。
SNSをチェックし、出演番組を録画し、雑誌の発売日には本屋へ走った。
「またSYUの話してる」
「だって好きなんだもん」
もちろん、現実的なこともわかっている。
アイドルとファン。
恋が叶うわけではない。
そんなことはわかっていた。
それでも、好きだった。
SYUが笑っていると嬉しい。
SYUが褒められると嬉しい。
新しい仕事が決まると、自分のことのように嬉しかった。
大学の勉強も、アルバイトも頑張った。
その合間に推し活をする。
忙しかったけれど、充実していた。
あの十八歳の夜、テレビ越しに自分を救ってくれた青年は、いつの間にか美咲の人生の一部になっていた。
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