冷徹営業トップは私の限界オタクでした~恋人編~
恋人編 第6話「今年も、あなたの隣で。」
一月一日。
新しい年を迎えた街は、いつもより静かだった。
陽菜子と神崎は、近所の神社へ初詣に来ていた。
「人、多いですね。」
「そうですね。陽菜子さん、はぐれないようにしてください。」
「大丈夫ですよ。子供じゃないんですから。」
陽菜子が笑う。
けれど、参道には想像していた以上に人が多い。
前から歩いてきた家族連れを避けようと、陽菜子が少し神崎から離れた。
その瞬間。
ぎゅっ。
神崎が陽菜子の手をつかんだ。
「……紅夜くん?」
「はぐれると困るので。」
真顔で言っているけれど、耳が少し赤い。
陽菜子はつながれた手を見下ろした。
付き合って半年。
最初は手をつなぐだけで、あんなにも緊張していた。
今では、こうして神崎のほうから手をつないでくれることも増えた。
「ふふっ。」
「……どうしました?」
「いえ。紅夜くんから手をつないでくれるようになったなって思って。」
「…………。」
神崎の足が止まった。
「紅夜くん?」
「……意識させないでください。」
「え?」
「せっかく自然にできるようになってきたのに、今ので急に恥ずかしくなりました。」
見ると、さっきまで耳だけだった赤みが頬まで広がっている。
「もう半年ですよ?」
「半年程度で陽菜子さんに慣れられると思わないでください。」
「前にも同じようなこと言ってましたね。」
「一生慣れる予定はありません。」
きっぱりと言い切られて、陽菜子は思わず笑った。
「じゃあ、一生このままですか?」
「陽菜子さんを見て平然としている俺なんて、俺ではありません。」
「そんなに?」
「はい。」
真剣な顔で答える神崎がおかしくて、陽菜子はさらに笑った。
その笑顔を見た神崎が、今度は胸元を押さえる。
「……新年早々、可愛い。」
「紅夜くん。」
「今年も世界一可愛いです……。」
「まだ今年始まったばかりですよ?」
「すでに世界一です。」
「もう。」
そんな話をしながら、二人は参道を進んだ。
順番を待ち、ようやく賽銭箱の前へたどり着く。
賽銭を入れ、鈴を鳴らす。
陽菜子は目を閉じ、静かに手を合わせた。
今年も健康に過ごせますように。
仕事も頑張れますように。
それから――。
今年も紅夜くんと、たくさん一緒にいられますように。
ゆっくり目を開ける。
隣を見ると、神崎はまだ目を閉じていた。
ずいぶん長い。
神崎は目を閉じたまま、長い間じっと手を合わせていた。
(まずは昨年、陽菜子さんと出会わせてくださって、本当にありがとうございました。公園で助けていただいたあの日から今日まで、陽菜子さんが元気に笑っていてくださったこと、そして俺なんかを恋人として選んでくださったこと、心より感謝申し上げます。俺はすでに十分すぎるほど幸せなので、俺自身については特に何もいりません。今年も陽菜子さんが健康で、怪我も病気もなく、毎日おいしいものを食べて、よく眠って、できるだけ嫌な思いをせず、たくさん笑って過ごせますように。仕事を抱え込みすぎませんように。困ったときには、ちゃんと誰かを頼れますように。もしつらいことがあったとしても、そのときは俺がそばにいて支えられますように。陽菜子さんが今年一年、幸せだったと思える一年になりますように。できれば、その幸せの中に少しだけ俺もいられたら嬉しいです。……いえ、それは贅沢ですね。とにかく陽菜子さんが幸せなら、それだけで十分です。今年もどうか、陽菜子さんのことをお見守りください。よろしくお願いいたします)
そこまで心の中で言い終えて、神崎はようやく目を開けた。
「紅夜くん、長かったですね。」
「……お願いしたいことが多かったので。」
「何をお願いしたんですか?」
神崎は少し考えてから、真顔で答えた。
「陽菜子さんの幸せについて、一通り。」
「一通り?」
「はい。健康、仕事、睡眠、食事、安全面、それから――」
「ちょ、ちょっと待ってください。そんなにお願いしてたんですか?」
「まだあります。」
「まだ!?」
神崎にとっては、一年分の陽菜子の幸せを願うには、それでも足りないくらいだった。
「はい。」
当然のように答えられた。
「自分のお願いはしなかったんですか?」
「しました。」
「何ですか?」
神崎は少しだけ考えたあと、陽菜子を見る。
「今年も陽菜子さんの隣にいられますように、と。」
「……!」
不意打ちだった。
陽菜子の頬が熱くなる。
神崎はそんな陽菜子を見つめたあと、口元を手で覆った。
「……その顔は反則です。」
「紅夜くんが恥ずかしいこと言うからです。」
「本心です。」
「余計に恥ずかしいです。」
陽菜子は照れ隠しのように先へ歩き出した。
そのあと、二人はおみくじを引くことにした。
「せーので見ませんか?」
「分かりました。」
折りたたまれた紙を同時に開く。
「せーの。」
陽菜子は自分のおみくじを見る。
「大吉です!」
「おめでとうございます。」
「紅夜くんは?」
神崎が黙った。
「……紅夜くん?」
「末吉です。」
「あら。」
神崎は無言でおみくじを見つめている。
その表情が妙に真剣で、陽菜子は首を傾げた。
「何か悪いこと書いてありました?」
「いえ。」
「じゃあ、どうしたんですか?」
「恋愛のところに、『焦るな』と。」
「……。」
陽菜子は一瞬黙ったあと、吹き出した。
「ふふっ。」
「笑い事ではありません。」
「だって、紅夜くんにぴったりで。」
「俺は焦っていません。」
「本当に?」
「…………。」
神崎が黙る。
その反応がおかしくて、陽菜子はまた笑った。
「でも、私は今くらいでいいですよ。」
「え?」
神崎が顔を上げる。
「ゆっくりでいいです。これからも一緒にいられるんですから。」
「…………。」
神崎が完全に止まった。
「紅夜くん?」
「今の言葉、もう一度お願いします。」
「嫌です。」
「お願いします。」
「言いません。」
「一生大切にしますので。」
「一生って……話が大きくなってますよ。」
陽菜子が笑いながら歩き出す。
すると、すぐに神崎が隣へ並んだ。
そして再び、陽菜子の手を握る。
今度は、さっきより少しだけ強く。
「陽菜子さん。」
「はい?」
「今年も、よろしくお願いします。」
陽菜子は神崎を見上げた。
会社では誰よりも冷静で、仕事ができて。
誰に対しても隙がないのに。
自分の前では、手をつなぐだけで赤くなって。
少し恥ずかしいことを言えば、すぐに固まってしまう。
そんな神崎と迎える、初めてのお正月。
陽菜子はつないだ手を握り返した。
「こちらこそ。今年もよろしくお願いします、紅夜くん。」
「…………。」
ぴたり。
神崎の足が止まった。
「紅夜くん?」
「……無理です。」
「今度は何ですか?」
神崎は片手で顔を覆った。
「新年一日目から幸せすぎます……。」
「まだ一年、始まったばかりですよ?」
「あと三百六十四日も陽菜子さんと過ごせるんですか……。」
「毎日会うわけじゃないですよ。」
「できれば毎日会いたいです。」
即答だった。
陽菜子は思わず笑う。
「じゃあ、今年もたくさん会いましょうね。」
「…………。」
神崎がまた固まった。
「紅夜くん?」
「すみません。」
神崎は顔を覆ったまま、小さく息を吐く。
「今年も、俺の推しが尊すぎます……。」
どうやら。
年が変わっても。
神崎紅夜が陽菜子の前で冷静になれる日は、まだまだ来そうになかった。
新しい年を迎えた街は、いつもより静かだった。
陽菜子と神崎は、近所の神社へ初詣に来ていた。
「人、多いですね。」
「そうですね。陽菜子さん、はぐれないようにしてください。」
「大丈夫ですよ。子供じゃないんですから。」
陽菜子が笑う。
けれど、参道には想像していた以上に人が多い。
前から歩いてきた家族連れを避けようと、陽菜子が少し神崎から離れた。
その瞬間。
ぎゅっ。
神崎が陽菜子の手をつかんだ。
「……紅夜くん?」
「はぐれると困るので。」
真顔で言っているけれど、耳が少し赤い。
陽菜子はつながれた手を見下ろした。
付き合って半年。
最初は手をつなぐだけで、あんなにも緊張していた。
今では、こうして神崎のほうから手をつないでくれることも増えた。
「ふふっ。」
「……どうしました?」
「いえ。紅夜くんから手をつないでくれるようになったなって思って。」
「…………。」
神崎の足が止まった。
「紅夜くん?」
「……意識させないでください。」
「え?」
「せっかく自然にできるようになってきたのに、今ので急に恥ずかしくなりました。」
見ると、さっきまで耳だけだった赤みが頬まで広がっている。
「もう半年ですよ?」
「半年程度で陽菜子さんに慣れられると思わないでください。」
「前にも同じようなこと言ってましたね。」
「一生慣れる予定はありません。」
きっぱりと言い切られて、陽菜子は思わず笑った。
「じゃあ、一生このままですか?」
「陽菜子さんを見て平然としている俺なんて、俺ではありません。」
「そんなに?」
「はい。」
真剣な顔で答える神崎がおかしくて、陽菜子はさらに笑った。
その笑顔を見た神崎が、今度は胸元を押さえる。
「……新年早々、可愛い。」
「紅夜くん。」
「今年も世界一可愛いです……。」
「まだ今年始まったばかりですよ?」
「すでに世界一です。」
「もう。」
そんな話をしながら、二人は参道を進んだ。
順番を待ち、ようやく賽銭箱の前へたどり着く。
賽銭を入れ、鈴を鳴らす。
陽菜子は目を閉じ、静かに手を合わせた。
今年も健康に過ごせますように。
仕事も頑張れますように。
それから――。
今年も紅夜くんと、たくさん一緒にいられますように。
ゆっくり目を開ける。
隣を見ると、神崎はまだ目を閉じていた。
ずいぶん長い。
神崎は目を閉じたまま、長い間じっと手を合わせていた。
(まずは昨年、陽菜子さんと出会わせてくださって、本当にありがとうございました。公園で助けていただいたあの日から今日まで、陽菜子さんが元気に笑っていてくださったこと、そして俺なんかを恋人として選んでくださったこと、心より感謝申し上げます。俺はすでに十分すぎるほど幸せなので、俺自身については特に何もいりません。今年も陽菜子さんが健康で、怪我も病気もなく、毎日おいしいものを食べて、よく眠って、できるだけ嫌な思いをせず、たくさん笑って過ごせますように。仕事を抱え込みすぎませんように。困ったときには、ちゃんと誰かを頼れますように。もしつらいことがあったとしても、そのときは俺がそばにいて支えられますように。陽菜子さんが今年一年、幸せだったと思える一年になりますように。できれば、その幸せの中に少しだけ俺もいられたら嬉しいです。……いえ、それは贅沢ですね。とにかく陽菜子さんが幸せなら、それだけで十分です。今年もどうか、陽菜子さんのことをお見守りください。よろしくお願いいたします)
そこまで心の中で言い終えて、神崎はようやく目を開けた。
「紅夜くん、長かったですね。」
「……お願いしたいことが多かったので。」
「何をお願いしたんですか?」
神崎は少し考えてから、真顔で答えた。
「陽菜子さんの幸せについて、一通り。」
「一通り?」
「はい。健康、仕事、睡眠、食事、安全面、それから――」
「ちょ、ちょっと待ってください。そんなにお願いしてたんですか?」
「まだあります。」
「まだ!?」
神崎にとっては、一年分の陽菜子の幸せを願うには、それでも足りないくらいだった。
「はい。」
当然のように答えられた。
「自分のお願いはしなかったんですか?」
「しました。」
「何ですか?」
神崎は少しだけ考えたあと、陽菜子を見る。
「今年も陽菜子さんの隣にいられますように、と。」
「……!」
不意打ちだった。
陽菜子の頬が熱くなる。
神崎はそんな陽菜子を見つめたあと、口元を手で覆った。
「……その顔は反則です。」
「紅夜くんが恥ずかしいこと言うからです。」
「本心です。」
「余計に恥ずかしいです。」
陽菜子は照れ隠しのように先へ歩き出した。
そのあと、二人はおみくじを引くことにした。
「せーので見ませんか?」
「分かりました。」
折りたたまれた紙を同時に開く。
「せーの。」
陽菜子は自分のおみくじを見る。
「大吉です!」
「おめでとうございます。」
「紅夜くんは?」
神崎が黙った。
「……紅夜くん?」
「末吉です。」
「あら。」
神崎は無言でおみくじを見つめている。
その表情が妙に真剣で、陽菜子は首を傾げた。
「何か悪いこと書いてありました?」
「いえ。」
「じゃあ、どうしたんですか?」
「恋愛のところに、『焦るな』と。」
「……。」
陽菜子は一瞬黙ったあと、吹き出した。
「ふふっ。」
「笑い事ではありません。」
「だって、紅夜くんにぴったりで。」
「俺は焦っていません。」
「本当に?」
「…………。」
神崎が黙る。
その反応がおかしくて、陽菜子はまた笑った。
「でも、私は今くらいでいいですよ。」
「え?」
神崎が顔を上げる。
「ゆっくりでいいです。これからも一緒にいられるんですから。」
「…………。」
神崎が完全に止まった。
「紅夜くん?」
「今の言葉、もう一度お願いします。」
「嫌です。」
「お願いします。」
「言いません。」
「一生大切にしますので。」
「一生って……話が大きくなってますよ。」
陽菜子が笑いながら歩き出す。
すると、すぐに神崎が隣へ並んだ。
そして再び、陽菜子の手を握る。
今度は、さっきより少しだけ強く。
「陽菜子さん。」
「はい?」
「今年も、よろしくお願いします。」
陽菜子は神崎を見上げた。
会社では誰よりも冷静で、仕事ができて。
誰に対しても隙がないのに。
自分の前では、手をつなぐだけで赤くなって。
少し恥ずかしいことを言えば、すぐに固まってしまう。
そんな神崎と迎える、初めてのお正月。
陽菜子はつないだ手を握り返した。
「こちらこそ。今年もよろしくお願いします、紅夜くん。」
「…………。」
ぴたり。
神崎の足が止まった。
「紅夜くん?」
「……無理です。」
「今度は何ですか?」
神崎は片手で顔を覆った。
「新年一日目から幸せすぎます……。」
「まだ一年、始まったばかりですよ?」
「あと三百六十四日も陽菜子さんと過ごせるんですか……。」
「毎日会うわけじゃないですよ。」
「できれば毎日会いたいです。」
即答だった。
陽菜子は思わず笑う。
「じゃあ、今年もたくさん会いましょうね。」
「…………。」
神崎がまた固まった。
「紅夜くん?」
「すみません。」
神崎は顔を覆ったまま、小さく息を吐く。
「今年も、俺の推しが尊すぎます……。」
どうやら。
年が変わっても。
神崎紅夜が陽菜子の前で冷静になれる日は、まだまだ来そうになかった。