冷徹営業トップは私の限界オタクでした~恋人編~
恋人編 第7話「今日は私が甘やかす番です。」
二月に入っても、夜の冷え込みは厳しかった。
陽菜子は買い物袋を抱え直し、神崎の部屋のインターホンを押した。
ほとんど間を置かずに扉が開く。
「お疲れ様です。……荷物、持ちます。」
「ありがとう。今日は台所、借りてもいい?」
「もちろんですけど……。」
袋の中を見た神崎が、少しだけ目を見開いた。
野菜に肉、それから、小さなケーキの箱。
陽菜子は笑って、その顔を見上げた。
「お誕生日、おめでとう。」
神崎の動きが止まった。
「……覚えていて、くださったんですか。」
「覚えてるよ。前に教えてくれたでしょう?」
何を食べたいか聞いても、何が欲しいか聞いても、彼の答えはいつも同じだった。
陽菜子さんと一緒にいられれば、それで。
それが本心なのだということは、もう分かっている。
けれど、いつもたくさんのものをくれる彼に、今日は自分から何かを贈りたかった。
「今日は私が作ります。神崎さんは座ってて。」
「いえ、手伝います。」
「誕生日の人は休むの。」
「ですが……陽菜子さんが俺の家で、俺のために料理をしてくださるところを、離れて見ているだけというのは……。」
真剣な顔で言いよどむので、陽菜子は思わず笑った。
「じゃあ、隣にいてくれる?」
「……はい。」
返事をした彼の耳が、ゆっくり赤くなった。
*
結局、神崎はほとんど座らなかった。
陽菜子が野菜を切れば、使い終わった道具を洗い、食器を探せばすぐに出してくれる。
ただ、ときどき手を止めて、隣に立つ陽菜子をじっと見ていた。
「どうしたの?」
「……いえ。」
「何かついてる?」
「ついてません。可愛いなと思っていただけです。」
あまりにも真面目に言われて、包丁を持つ手が止まった。
「急にそういうこと言わないで。」
「すみません。抑えてはいるんですが。」
これでも抑えているらしい。
陽菜子は頬が熱くなるのを感じながら、切った野菜をボウルに移した。
出来上がった煮込みハンバーグとサラダを並べると、神崎はしばらく食卓を見つめていた。
「冷めちゃうよ?」
「……写真を、一枚だけ。」
「ふふ。どうぞ。」
一枚だけと言ったのに、角度を変えてもう一枚撮っていたことには、気づかないふりをした。
食事を終え、ケーキを食べたあと。
陽菜子は鞄から、細長い包みを取り出した。
「はい。プレゼント。」
「……まだ、あるんですか。」
「ご飯とは別です。」
神崎は両手で包みを受け取った。
リボンをほどき、包装紙を破らないように少しずつ開いていく。
中に入っていたのは、黒い革のキーケースだった。
「前の、端が少し擦れてたでしょう?好みに合うか分からないけど……。」
「合います。」
即答だった。
「まだ、ちゃんと見てないよ。」
「見ています。すごく……好きです。」
最後の言葉だけ、少し小さくなった。
長い指が、革の表面をそっと撫でる。
その大切そうな仕草に、選んでよかったと胸が温かくなった。
「使ってくれたら嬉しいな。」
神崎が顔を上げる。
「使って、いいんですか。」
「そのためにあげたんだよ?」
「傷をつけたらと思うと……。」
「使って傷がつくのは、いいの。毎日持っててもらえる方が嬉しい。」
そう伝えると、神崎はしばらく黙ってから、棚に置いていた鍵を取りに立った。
古いケースから鍵を移す手元を、陽菜子は隣で眺める。
最後の一本をつけ終えると、彼は新しいケースを手の中に握り込んだ。
「……帰るたびに、今日のことを思い出しますね。」
何気ない声だった。
だからこそ、胸の奥にまっすぐ届いた。
陽菜子はそっと、彼の肩にもたれた。
「来年もお祝いしようね。」
隣で、呼吸が止まる気配がした。
「……来年も。」
「うん。再来年も。」
神崎はキーケースをテーブルに置いた。
それから片手で口元を覆い、少しだけ顔を背ける。
「神崎さん?」
「……今、見ないでいただけると。」
「どうして?」
「たぶん、相当ひどい顔をしています。」
耳だけでなく、首まで赤くなっていた。
陽菜子が覗き込もうとすると、彼の腕が遠慮がちに背中へ回る。
「少しだけ、こうしていてもいいですか。」
「うん。」
胸元に頬を寄せると、鼓動が驚くほど速かった。
いつも冷静で、仕事ができて、何でもそつなくこなしてしまう人。
その彼が、自分の贈ったものを握りしめて、来年の約束にこんなにも喜んでくれる。
陽菜子も腕を回し、彼の背中を抱きしめた。
「生まれてきてくれて、ありがとう。」
腕の力が、ほんの少し強くなる。
長い沈黙のあと、髪に触れるほど近くで声がした。
「……それは、俺が言う方だと思っていました。」
陽菜子は彼の胸元で笑った。
「今日は、私に言わせて。」
神崎は返事の代わりに深く息を吐いて、陽菜子の肩へ額を預けた。
その夜は、いつも陽菜子を甘やかしてくれる彼の髪を、陽菜子の方から何度も撫でた。
陽菜子は買い物袋を抱え直し、神崎の部屋のインターホンを押した。
ほとんど間を置かずに扉が開く。
「お疲れ様です。……荷物、持ちます。」
「ありがとう。今日は台所、借りてもいい?」
「もちろんですけど……。」
袋の中を見た神崎が、少しだけ目を見開いた。
野菜に肉、それから、小さなケーキの箱。
陽菜子は笑って、その顔を見上げた。
「お誕生日、おめでとう。」
神崎の動きが止まった。
「……覚えていて、くださったんですか。」
「覚えてるよ。前に教えてくれたでしょう?」
何を食べたいか聞いても、何が欲しいか聞いても、彼の答えはいつも同じだった。
陽菜子さんと一緒にいられれば、それで。
それが本心なのだということは、もう分かっている。
けれど、いつもたくさんのものをくれる彼に、今日は自分から何かを贈りたかった。
「今日は私が作ります。神崎さんは座ってて。」
「いえ、手伝います。」
「誕生日の人は休むの。」
「ですが……陽菜子さんが俺の家で、俺のために料理をしてくださるところを、離れて見ているだけというのは……。」
真剣な顔で言いよどむので、陽菜子は思わず笑った。
「じゃあ、隣にいてくれる?」
「……はい。」
返事をした彼の耳が、ゆっくり赤くなった。
*
結局、神崎はほとんど座らなかった。
陽菜子が野菜を切れば、使い終わった道具を洗い、食器を探せばすぐに出してくれる。
ただ、ときどき手を止めて、隣に立つ陽菜子をじっと見ていた。
「どうしたの?」
「……いえ。」
「何かついてる?」
「ついてません。可愛いなと思っていただけです。」
あまりにも真面目に言われて、包丁を持つ手が止まった。
「急にそういうこと言わないで。」
「すみません。抑えてはいるんですが。」
これでも抑えているらしい。
陽菜子は頬が熱くなるのを感じながら、切った野菜をボウルに移した。
出来上がった煮込みハンバーグとサラダを並べると、神崎はしばらく食卓を見つめていた。
「冷めちゃうよ?」
「……写真を、一枚だけ。」
「ふふ。どうぞ。」
一枚だけと言ったのに、角度を変えてもう一枚撮っていたことには、気づかないふりをした。
食事を終え、ケーキを食べたあと。
陽菜子は鞄から、細長い包みを取り出した。
「はい。プレゼント。」
「……まだ、あるんですか。」
「ご飯とは別です。」
神崎は両手で包みを受け取った。
リボンをほどき、包装紙を破らないように少しずつ開いていく。
中に入っていたのは、黒い革のキーケースだった。
「前の、端が少し擦れてたでしょう?好みに合うか分からないけど……。」
「合います。」
即答だった。
「まだ、ちゃんと見てないよ。」
「見ています。すごく……好きです。」
最後の言葉だけ、少し小さくなった。
長い指が、革の表面をそっと撫でる。
その大切そうな仕草に、選んでよかったと胸が温かくなった。
「使ってくれたら嬉しいな。」
神崎が顔を上げる。
「使って、いいんですか。」
「そのためにあげたんだよ?」
「傷をつけたらと思うと……。」
「使って傷がつくのは、いいの。毎日持っててもらえる方が嬉しい。」
そう伝えると、神崎はしばらく黙ってから、棚に置いていた鍵を取りに立った。
古いケースから鍵を移す手元を、陽菜子は隣で眺める。
最後の一本をつけ終えると、彼は新しいケースを手の中に握り込んだ。
「……帰るたびに、今日のことを思い出しますね。」
何気ない声だった。
だからこそ、胸の奥にまっすぐ届いた。
陽菜子はそっと、彼の肩にもたれた。
「来年もお祝いしようね。」
隣で、呼吸が止まる気配がした。
「……来年も。」
「うん。再来年も。」
神崎はキーケースをテーブルに置いた。
それから片手で口元を覆い、少しだけ顔を背ける。
「神崎さん?」
「……今、見ないでいただけると。」
「どうして?」
「たぶん、相当ひどい顔をしています。」
耳だけでなく、首まで赤くなっていた。
陽菜子が覗き込もうとすると、彼の腕が遠慮がちに背中へ回る。
「少しだけ、こうしていてもいいですか。」
「うん。」
胸元に頬を寄せると、鼓動が驚くほど速かった。
いつも冷静で、仕事ができて、何でもそつなくこなしてしまう人。
その彼が、自分の贈ったものを握りしめて、来年の約束にこんなにも喜んでくれる。
陽菜子も腕を回し、彼の背中を抱きしめた。
「生まれてきてくれて、ありがとう。」
腕の力が、ほんの少し強くなる。
長い沈黙のあと、髪に触れるほど近くで声がした。
「……それは、俺が言う方だと思っていました。」
陽菜子は彼の胸元で笑った。
「今日は、私に言わせて。」
神崎は返事の代わりに深く息を吐いて、陽菜子の肩へ額を預けた。
その夜は、いつも陽菜子を甘やかしてくれる彼の髪を、陽菜子の方から何度も撫でた。