転生聖女の労働環境改革〜処刑まで残り180日。ブラック教会をホワイト化して生存ルートを勝ち取ります。監視役の騎士様がいつの間にか私にだけ過保護な最強の番犬に!
聖教会の最奥、重厚な扉の奥にある謀議の間。
教皇をはじめ、教会の重鎮たちが静かに席を埋める中、枢機卿カティスは密書を卓上に置いたまま、無言でその封を見つめていた。
既に内容は把握していたが、あえてその場で開封し、空気に緊張感を植え付けるための演出だ。
ぱり、と封が切られた音が広間に響く。
「……王太子妃殿下より、教会への進言――もとい、催促です。内容は明瞭。裁きの日に、必ず、聖女を無力化せよ、とのこと」
枢機卿たちの間に微細な波が走る。
それは、忌避というよりも、予想されていた合図を受け取ったような空気だった。
「ムールブルク侯爵家の意を汲んでの要請でしょうな」
枢機卿ハーランが呟く。
「アリシア王太子妃は、教皇派の盟友である。彼女の申し出を無視するのは、今後の政(まつりごと)の支障にもなります」
カティスは頷いた。
だがその顔には、わずかに迷いが浮かぶ。
「確かに、このまま聖女が制御不能な神力を示し続ければ、教会の枠組みは崩壊します。しかし……」
彼の視線が、机上に置かれた別の文書へと落ちる。
それは、聖女が幽閉されている塔の神官たちからの業務報告――力の残滓を示した文書だった。
「当代聖女には、神秘の力が顕現している。再生……もしくは治癒……祝福。あれは我々にとって黄金以上の価値を持つ」
「カティス殿、まさか」
ハーランの声には警告の色がにじむ。
カティスは静かに首を横に振った。
「私は希望の兆しに弱いだけです。それに、折角の有益な力を無効化するなど……それこそ神意に反する、損失ではないかと思うのですよ」
しばし沈黙が落ちた後、机上の密書に火が落とされた。
羊皮紙は銀皿の上でしばし燻り、室内に重たい煙を流す。
王太子妃からの密書はじわりと焦げ付いて、やがて崩れた。
燃えかすを乱雑にペン先で崩した教皇シーリィーゼが、にたりと口を釣り上げた。
「それでは、『儀式』に見せかけ、表向きは聖女の封印・処刑を行うとしよう。ムールブルク侯爵とはまだまだ懇意にしていたいものだ。……アレに似た姿形の者は、貧民街あたりにいくらでも転がっていよう。予定通り、聖なる裁きで聖女は『処刑』とする」
それは、アリシアの顔を立てると同時に――教会が自らの権威を保つための強かな防衛策でもあった。
「しかし、真の目的は、本物の聖女の『保護』よの」
聖女の力を、秘密裏に取り込む。
都合の良い時にのみ、教皇の所有物として行使させる。
目の前にあるのは莫大な利権を生む力だ。
そして力ある者こそが、この国を欲しいままに出来る。
シーリィーゼの淀んだ瞳には、既にフォリフォンヌ王国の玉座さえも手の届く場所にあるように見えた。
「賛同」
「賛同」
「――賛同」
次々と肯定の声が上がっていく。
否、あげざるを得なかった。
今自分たちが有している立場を有耶無耶にしないためにも。やがてカティスも教皇の悪辣な意図を理解し、静かに頷いた。
ルメルは一人黙したままだったが、小さく首肯した。