転生聖女の労働環境改革〜処刑まで残り180日。ブラック教会をホワイト化して生存ルートを勝ち取ります。監視役の騎士様がいつの間にか私にだけ過保護な最強の番犬に!
机の横にある簡易の椅子を理央は顎で示す。
素直に座り足を組んだジークに、理央はどことなく居心地が悪くなるも、高飛車モードを崩すわけにはいかず、毅然とした態度を精一杯装って向かい合うように腰かけた。
書物の間に挟んでいた、すこし粗雑な作りの折りたたまれた紙を取り出して、広げる。
聖教会の敷地内地図。建物の配置や道などが大雑把に描かれてあった。
「まず、夜半過ぎに塔の入り口で見張りの『シフト交代』が行われるでしょ。その時が好機なの。交代時には必ず申し送り業務が行われるし、同時に周囲の警戒に緊張し続けるのは人間の集中力的に難しいはず。勤務の終わった兵は休息をとるからほっといてもいいわ。一応、警備兵の控えの間の水樽に、申し訳ないけど『腹下しの丸薬』をひと瓶分、漬けこんでおいたし」
滔々とプレゼンする理央に、ジークは反射的に自分の腹のあたりに片手をあてた。
「お前……」
「え、もしかして飲んだの?」
「……」
「あれ、アスランが薬草庫から持ってきてくれたんだけど。ちょっとレモン水みたいな味に偽装したから、疲れてる時はまあ判んないわよね。福利厚生のデトックスウォーターだと思った?」
塔の小窓から差し込む夕陽が、二人の横顔を染めていた。
聖女と騎士の境界が静かに溶け始めていた。
だがしかし、一方の顔色はだんだんと悪くなってくる。
「ねえ、お腹やばいならトイレ行ってきてもいいわよ?」
「いや」
ジークは胸元から小さな小瓶を取り出し、一気にあおる。
「なにそれ、胃薬?」
「解毒効果のある回復薬だ」
「ふうん」
そして次の瞬間、理央の口元がわずかに吊り上がった。
「まさか、氷の騎士様が私の前でそんな情けない顔する日が来るなんてね」
一瞬の静寂。
「くそっ……いいから、説明を続けろ」
「どうしよっかなー。本当に協力してくれるなら教えてあげてもいいけど?」
冗談めかした表情で、理央は人差し指でくるくると自分の毛先を巻き付ける。
眉間に青筋を立てながら、ジークはすうっと息を大きく吸い込み――次の瞬間、理央の手首を強く捉えていた。
「静かに」
理央が唐突な行動に身を引こうとした瞬間、扉の外からわずかな足音がした。
静かすぎるほど静かな、殺気を帯びた気配。
ジークはそのまま理央を立ち上がらせ、自分は扉に向かうよう、少女の身体を背中に隠した。
扉が激しく開かれるより早く、黒い影が突入する。
その殺気に満ちた刃が振り下ろされる――直前。
がん、と火花が散る。
交差する刃。
影は舌打ちと共に退き、脱出を図ろうとするが、ジークはそれを見逃さず追撃する。
「部屋から出るな!」
「そう言われても!」
理央は叫び返しつつ、体内に眠る『魔力』のような熱を感じ取り始めていた。
手のひらに、淡く光の粒子が舞う。
奇跡の力。
つい先日、初めて自覚したばかりの力だ。
それは彼女に、選択を迫ろうとしていた。
逃げるか、抗うか。
理央は拳を握りしめた。
(ただ護られてるだけの置物ヒロインなんて、私の性分じゃないのよ!)
「私は、誰かのいいなりになるのはごめんなのよ!」
強い怒りと意志の言葉と共に、彼女の手から強烈な光の粒子が目くらましのように放たれた。