転生聖女の労働環境改革〜処刑まで残り180日。ブラック教会をホワイト化して生存ルートを勝ち取ります。監視役の騎士様がいつの間にか私にだけ過保護な最強の番犬に!
中には、日付と短い日記のような祈りの言葉が綴られていた。
慎重にページをめくるたびに、かつてここに在ったであろう『本物の少女』の息遣いが伝わってくるようだった。
『かえりたい』
『今日はちゃんと笑えた。神様、これで私も、少しは聖女に近づけたでしょうか』
『経文を間違えて笑われた。どうしてもむずかしい言い回しがあるからもっともっと練習しないと』
『かえりたい』
『ときどき、私の話を聞いてくれる。だから、もう少し頑張れる気がする』
『苦しいときは、空を見上げるといい。教えてくれた言葉』
『――――私、本当はもう、終わりにしてほしい』
理央は言葉を失った。
この文章から感じる誰かの息遣いは、あまりにも明確で、まるで目の前にその少女が泣きながら立っているかのようだった。
行間に込められた純粋な願いやささやかな喜び、そして深い懊悩が、理央の心を締め付ける。
(……理不尽な環境で、誰にもSOSを出せずに潰れていく新入社員みたいじゃない……)
「聖女リオ・アリミヌエ……リオ」
手帳を抱えたまま、理央はそっと目を閉じた。
何の記憶もない。
この記録を密かにしたためていた少女としての記憶は一片たりとも浮かばないのに、胸の奥が不思議とざわついた。
これは誰かの人生だ。
自分ではない、全く別の誰かの生きた証。
自分が、誰かの代わりに立っていること。
誰かの姿と名を背負って、役割を乗っ取っていること。
それが、現実としてそこにあった。
それは、まるで霧が晴れるように、理央が立つ場所の足元が朧げになる感覚だった。
「……私は、原田理央。日本人で二十九歳」
消え入りそうな自分を繋ぎ止めるようにぽつりと落とした言葉が、書庫の静寂に吸い込まれていく。
そのとき、不意に背後で何かが軋んだ。
手帳を隠すように抱え、振り返ると、古びた本棚の影からアスランが現れた。
いつからそこにいたのだろう。彼の瞳は、理央の手元をじっと見つめていた。
「聖女様……」
「……今の聞いていた?」
理央の問いに、アスランはそっと頷いた。
その表情には、普段の軽薄さはなく、真剣な眼差しが宿っていた。
「何も、言わないで」
「……僕は、貴女の味方でいたいと思っています」
その真っ直ぐな眼差しに、理央は一瞬だけ言葉を失い、それから静かに笑った。
「じゃあ、頼りにさせてもらうわ。味方として」
「任せてください。親聖女派ですからね」
「何そのセンス無いネーミング」
「セイラ殿の発案ですよ」
アスランの言葉に、理央は肩の力を抜いて吹き出した。
先ほどまでの重苦しい空気が、少しだけ和らぐ。
記録の中のリオ・アリミヌエと、今の理央を繋ぐ糸は曖昧でぼやけている。
だが、その糸の存在を、確かに感じ始めていた。