昨日までの片想い
昨日までの腐れ縁(一)
学校から駅へ向かう帰り道。
夕方の人で賑わう繁華街を歩き、横断歩道の手前まで来たところで、見たくないものを見つけた。
少し前を歩く男女二人。
楽しそうに話しながら並ぶ後ろ姿と、時折こちらからも見える横顔。男の方は、情けないほど顔を赤くして。女の方は、やけに楽しそうで。
「……取られた」
口から漏れた声には、自分でも分かるくらい苛立ちが混じっていた。
昔の癖で爪を噛みそうになっていることに気付き、慌てて手を口元から離す。少しだけ歩調を落とすと、前を歩く二人との距離が徐々に開いていった。
「取られたって……お前、まだそんなことやってたのかよ」
「あんたに関係ないでしょ。口挟まないでよ」
隣から、呆れたと言わんばかりの大きな溜息が聞こえる。そんなため息のお返しに、脇腹へ軽いジャブを入れて少し先を歩く。
ちょうど信号が赤へ変わる。
先に横断歩道を渡り終えた二人は、そのまま人混みの中へ消えていった。私のことなんて最初から存在しなかったみたいに。
それが、また腹立たしい。
「おい。先行くなって」
「ついてこないでよ」
「地元が同じなんだから、そりゃ無理だろ」
私の突き放すような言葉にも、全く気にせず、当然のように私の横へ並ぶ。
細身で、目元には眼鏡。インテリぶっているのか知らないけれど、伊達眼鏡なんて何のために掛けているのだろう。相変わらず意味が分からない。
さっき殴られたことすら気にしていないらしく、何事もなかったように話を続ける。
「今回は誰を狙ってたんだよ」
「……荒井ってやつ。女とあんまり関わりなさそうだったから、私に惚れさせようとしたのに。先越された」
「何言ってんだ、お前」
何って、そのままだ。
貴方に気があります──みたいな顔をして近づいた。放課後にわざわざ残って声も掛けたし、勉強を教えてほしいと頼んで、二人きりになる時間まで作った。
それなのに。
どこの女か知らないけれど、先を越された。
別に荒井が好きだったわけじゃない。なのに、負けた気がする。それが気に入らない。
「お前、毎回悔しそうにするけど。成功したことなんて一回もねーじゃん」
「うっさいな! そもそも、地元が同じだからって馴れ馴れしくしないでよ!」
「でも、お前。いつも何かと理由つけて昇降口で俺を待ってるだろ」
「そ、それは──」
一瞬、言葉に詰まる。
「一人が寂しいんなら、最初から待ち合わせすればいいのに」
こいつは、私のことを何でも分かっているみたいな顔をする。ただでさえ苛立っているのに、その表情が余計に腹立たしい。
「私が、あんたのために待ってあげてるんでしょ」
信号が青へ変わった。
私は返事も待たず、逃げるように横断歩道を歩き出す。けれど、こちらがどれだけ速く歩いたところで、歩幅の違うこいつを振り切れるはずもない。余裕そうな顔で隣へ追いつかれ、結局そのまま駅まで並んで歩く。
改札を抜けホームへ上がると、反対側に見覚えのある姿を見つける。
荒井だった。
スマホの画面を眺めながら、さっきまでとは違う意味で顔を緩ませている。幸せそう。ものすごく。
「未練でもあるのか、あいつに」
「別に」
私と同じように、反対側のホームに視線を向ける横顔。無意識に覗いたその横顔が、ほんの一瞬だけ辛そうに見えた。
気付けば、隣の袖を掴んでいた。
自分のその行動に驚き、袖を強く握る自分の手を呆然と見つめる。そして、誤魔化すように慌てて手を離す。
「お? どうした? 怖いもんでも見たか?」
「んなわけないでしょ。あんたの袖に虫がいたの。感謝していいわよ」
「虫触れないのによく言うよ……虫取って下さって、ありがとうございます」
小学校からの腐れ縁。
クラスは、むしろ別だったことの方が多い気がする。部活だって、帰宅部の私と陸上部のこいつでは接点なんてない。
家の方向が同じ。ただ、それだけ。
高校の入学式で私を見つけた時も、こいつは昔と変わらない憎たらしい笑顔で近づいてきた。
その笑顔を、私は無視した。それでも当然みたいに隣に並んで。
気付けば、また一緒に帰っていた。
「ほら、電車来たぞ」
ホームへ滑り込んできた電車が、大きな音を立てながら目の前を通り過ぎていく。向かい側にもほぼ同時に電車が入り、車両に遮られて荒井の姿は見えなくなっていく。
「あそこ、席空いてるから座れよ」
「取れたらね」
窓越しに見えた一席を指さされるが、ホームには人が溢れていて、私の歩幅であそこまで辿り着けるとは到底思えない。
夕方の乗り換え時間。ドアが開く。降りる人の波が途切れた、その瞬間。
「あっ」
速足で人の隙間を縫うように車内へ入っていく後ろ姿。
その背中に戸惑いを感じながら、乗り込む人の波に揉まれ、私もどうにかその場所まで辿り着く。
「ほら、取れたぞ」
窓から見えていた席に座って、得意げな顔をしてくる姿。私が席の前に立つと、その席を私へ譲った。
そのドヤ顔が、ものすごく癪に障るが、このまま四十分立ち続けるのも嫌だった。
「……ありがと」
「ありゃ、珍しく素直」
「うるさい」
余計な一言。私だって、柄にもないことを言った自覚くらいある。
少し体温が上がっている気がする顔を見られたくなくて、私は膝に載せたリュックへそのまま顔を埋めた。
夕方の人で賑わう繁華街を歩き、横断歩道の手前まで来たところで、見たくないものを見つけた。
少し前を歩く男女二人。
楽しそうに話しながら並ぶ後ろ姿と、時折こちらからも見える横顔。男の方は、情けないほど顔を赤くして。女の方は、やけに楽しそうで。
「……取られた」
口から漏れた声には、自分でも分かるくらい苛立ちが混じっていた。
昔の癖で爪を噛みそうになっていることに気付き、慌てて手を口元から離す。少しだけ歩調を落とすと、前を歩く二人との距離が徐々に開いていった。
「取られたって……お前、まだそんなことやってたのかよ」
「あんたに関係ないでしょ。口挟まないでよ」
隣から、呆れたと言わんばかりの大きな溜息が聞こえる。そんなため息のお返しに、脇腹へ軽いジャブを入れて少し先を歩く。
ちょうど信号が赤へ変わる。
先に横断歩道を渡り終えた二人は、そのまま人混みの中へ消えていった。私のことなんて最初から存在しなかったみたいに。
それが、また腹立たしい。
「おい。先行くなって」
「ついてこないでよ」
「地元が同じなんだから、そりゃ無理だろ」
私の突き放すような言葉にも、全く気にせず、当然のように私の横へ並ぶ。
細身で、目元には眼鏡。インテリぶっているのか知らないけれど、伊達眼鏡なんて何のために掛けているのだろう。相変わらず意味が分からない。
さっき殴られたことすら気にしていないらしく、何事もなかったように話を続ける。
「今回は誰を狙ってたんだよ」
「……荒井ってやつ。女とあんまり関わりなさそうだったから、私に惚れさせようとしたのに。先越された」
「何言ってんだ、お前」
何って、そのままだ。
貴方に気があります──みたいな顔をして近づいた。放課後にわざわざ残って声も掛けたし、勉強を教えてほしいと頼んで、二人きりになる時間まで作った。
それなのに。
どこの女か知らないけれど、先を越された。
別に荒井が好きだったわけじゃない。なのに、負けた気がする。それが気に入らない。
「お前、毎回悔しそうにするけど。成功したことなんて一回もねーじゃん」
「うっさいな! そもそも、地元が同じだからって馴れ馴れしくしないでよ!」
「でも、お前。いつも何かと理由つけて昇降口で俺を待ってるだろ」
「そ、それは──」
一瞬、言葉に詰まる。
「一人が寂しいんなら、最初から待ち合わせすればいいのに」
こいつは、私のことを何でも分かっているみたいな顔をする。ただでさえ苛立っているのに、その表情が余計に腹立たしい。
「私が、あんたのために待ってあげてるんでしょ」
信号が青へ変わった。
私は返事も待たず、逃げるように横断歩道を歩き出す。けれど、こちらがどれだけ速く歩いたところで、歩幅の違うこいつを振り切れるはずもない。余裕そうな顔で隣へ追いつかれ、結局そのまま駅まで並んで歩く。
改札を抜けホームへ上がると、反対側に見覚えのある姿を見つける。
荒井だった。
スマホの画面を眺めながら、さっきまでとは違う意味で顔を緩ませている。幸せそう。ものすごく。
「未練でもあるのか、あいつに」
「別に」
私と同じように、反対側のホームに視線を向ける横顔。無意識に覗いたその横顔が、ほんの一瞬だけ辛そうに見えた。
気付けば、隣の袖を掴んでいた。
自分のその行動に驚き、袖を強く握る自分の手を呆然と見つめる。そして、誤魔化すように慌てて手を離す。
「お? どうした? 怖いもんでも見たか?」
「んなわけないでしょ。あんたの袖に虫がいたの。感謝していいわよ」
「虫触れないのによく言うよ……虫取って下さって、ありがとうございます」
小学校からの腐れ縁。
クラスは、むしろ別だったことの方が多い気がする。部活だって、帰宅部の私と陸上部のこいつでは接点なんてない。
家の方向が同じ。ただ、それだけ。
高校の入学式で私を見つけた時も、こいつは昔と変わらない憎たらしい笑顔で近づいてきた。
その笑顔を、私は無視した。それでも当然みたいに隣に並んで。
気付けば、また一緒に帰っていた。
「ほら、電車来たぞ」
ホームへ滑り込んできた電車が、大きな音を立てながら目の前を通り過ぎていく。向かい側にもほぼ同時に電車が入り、車両に遮られて荒井の姿は見えなくなっていく。
「あそこ、席空いてるから座れよ」
「取れたらね」
窓越しに見えた一席を指さされるが、ホームには人が溢れていて、私の歩幅であそこまで辿り着けるとは到底思えない。
夕方の乗り換え時間。ドアが開く。降りる人の波が途切れた、その瞬間。
「あっ」
速足で人の隙間を縫うように車内へ入っていく後ろ姿。
その背中に戸惑いを感じながら、乗り込む人の波に揉まれ、私もどうにかその場所まで辿り着く。
「ほら、取れたぞ」
窓から見えていた席に座って、得意げな顔をしてくる姿。私が席の前に立つと、その席を私へ譲った。
そのドヤ顔が、ものすごく癪に障るが、このまま四十分立ち続けるのも嫌だった。
「……ありがと」
「ありゃ、珍しく素直」
「うるさい」
余計な一言。私だって、柄にもないことを言った自覚くらいある。
少し体温が上がっている気がする顔を見られたくなくて、私は膝に載せたリュックへそのまま顔を埋めた。