昨日までの片想い
昨日までの幼馴染(五)
「今、何て」
私の小さな呟きが、すっかり日も落ちた静かな帰り道に響いた。
その声を聞いた途端、湊は目に見えて狼狽える。
「あ、いや。違う。何でもない」
ついさっきまで声を張り上げていた勢いはどこへ行ったのか、今度は湊の方が私から少しずつ距離を取っていく。
照れているというより、言ってしまったことそのものを後悔しているような顔だった。
「……今言ってくれたことって、ほんと?」
聞き間違いかもしれない。
私が都合よく受け取っているだけかもしれない。
それでも、もう聞かずにはいられなかった。僅かな期待に鼓動が速くなる私とは反対に、湊は俯いたまま何も答えない。
「湊?」
沈黙だけが返ってくる。
ガードレールの向こうを何台もの車が通り過ぎ、そのたびにヘッドライトが湊の横顔を照らしては消えていった。
「……なんで何も言ってくれないの?」
返事が欲しい。
そう思うのと同時に、今まで自分がしてきたことを思い出した。
好きだと言おうとしてはやめた。気持ちを聞こうとしては、別の話に逃げた。
何も言ってこなかったのは、私も同じだ。
それなのに、湊だけに答えを求めるのは少しずるい。
さっき口から零れた言葉がどこまで本心なのかは分からない。それでも、湊は確かに『付き合いたい』と言った。
なら、次は私の番なのかもしれない。
「あのね、湊」
私は一歩、距離を縮める。
ずっと怖かった。
今の関係が壊れることも。
相手にされていないと知ることも。
もしかしたら、私の勘違いかもしれない。でも、もう逃げる理由はなかった。
「私も……私は、湊のこと」
湊は俯いたまま。
きっと私は、泣いたせいでひどい顔をしている。
それでも、今度は目を逸らさなかった。校舎裏での、あの子みたいに。
「ずっと……湊のことが好きだった」
言えた。
湊がゆっくりと顔を上げる。驚いたように目を見開いているその表情が、あまりにも可笑しくて。
「……何その顔」
思わず笑ってしまった。
***
「俺は……ずっと、自分に自信がなかった」
あれから少し歩き、久しぶりに近所の公園へ立ち寄った。
子供の頃は大きく見えた遊具も、今では驚くほど小さい。街灯の下に並ぶ二つのブランコにそれぞれ腰掛けると、湊がぽつりぽつりと話し始めた。
「灯里は……教室ではいつも誰かと笑ってて。勉強もできて」
そんなの、特別なことじゃない。
友達と話していれば笑うし、勉強だって得意不得意がある。
湊だっていつも男子と楽しそうにしていたし、体育になれば自然と湊のところへボールが集まっていた。
私から見れば、むしろ羨ましいくらいだった。
「三年。いや、六年間か……我ながら頑張ったと思うよ。周りにテンション合わせたり、服装とかも勉強したりして」
湊は少し照れくさそうに、遠くを見つめながら話している。
そういえば高校へ入ってから、湊は髪にワックスを付けるようになった。中学までは寝癖をそのままにして登校していたのに、急に身だしなみを気にするようになった湊を見て、「男子なんだなぁ」なんて思った覚えがある。
「湊は……何で、そんなこと頑張ったの?」
「な、何でって……灯里に釣り合うように──」
「私が湊のこと好きだったの、もっと前からなんだけど」
湊の言葉が止まる。
「だから、そんなことしなくても良かったのに」
私のために頑張っていたと聞けば、もちろん嬉しい。
でも、それと同時に、何年も一人で空回りしていた湊が少し可笑しくもあった。
「笑うなよ」
「だって……」
私だって同じだったから。
「高校入ってさ、友達とかクラスメイト見てると『あの子可愛いなぁ』って思うこと、いっぱいあったんだよね。で、隣にはどんどんカッコ良くなってく幼馴染がいて」
私はブランコを僅かに揺らしながら、足元へ目を落とす。
「きっと、私なんて──って、ずっと思ってた」
湊がこちらを見る。私も顔を上げた。
一瞬だけ目が合って、どちらからともなく笑いが漏れた。
「……何だよ、それ」
「こっちの台詞だよ」
相手のことばかり高く見積もって、自分なんか釣り合わないと思い込み、何年も一番近い場所ですれ違っていた。
「ねぇ、湊」
私はブランコから立ち上がり、湊の前へ回り込む。
普段は私が見上げてばかりなのに、湊が座っている今だけは、少しだけ私の方が高い。
「春から、別々になっちゃうけどさ」
高校生活も、あと僅か。もっと早く言えばよかった。
そんな後悔がないわけじゃない。
でも、もう昨日までのことを考えても仕方がない。
「まずは、あと二ヶ月。よろしくね」
「はぁ……今から大学変えられねぇかな」
「湊の学力じゃ……難しいかも?」
「お前なぁ……」
分かりやすく肩を落とす湊を見て笑いながら、私は手を差し出した。
「ほら、帰ろ」
一瞬だけ驚いた顔をしたあと、湊の大きな手が私の手を包む。
温かい。
今朝までなら、触れられただけで慌てていたその手を、今度は私から握り返した。
昨日までと同じ帰り道を、昨日までとは違う距離で歩いていく。
私の小さな呟きが、すっかり日も落ちた静かな帰り道に響いた。
その声を聞いた途端、湊は目に見えて狼狽える。
「あ、いや。違う。何でもない」
ついさっきまで声を張り上げていた勢いはどこへ行ったのか、今度は湊の方が私から少しずつ距離を取っていく。
照れているというより、言ってしまったことそのものを後悔しているような顔だった。
「……今言ってくれたことって、ほんと?」
聞き間違いかもしれない。
私が都合よく受け取っているだけかもしれない。
それでも、もう聞かずにはいられなかった。僅かな期待に鼓動が速くなる私とは反対に、湊は俯いたまま何も答えない。
「湊?」
沈黙だけが返ってくる。
ガードレールの向こうを何台もの車が通り過ぎ、そのたびにヘッドライトが湊の横顔を照らしては消えていった。
「……なんで何も言ってくれないの?」
返事が欲しい。
そう思うのと同時に、今まで自分がしてきたことを思い出した。
好きだと言おうとしてはやめた。気持ちを聞こうとしては、別の話に逃げた。
何も言ってこなかったのは、私も同じだ。
それなのに、湊だけに答えを求めるのは少しずるい。
さっき口から零れた言葉がどこまで本心なのかは分からない。それでも、湊は確かに『付き合いたい』と言った。
なら、次は私の番なのかもしれない。
「あのね、湊」
私は一歩、距離を縮める。
ずっと怖かった。
今の関係が壊れることも。
相手にされていないと知ることも。
もしかしたら、私の勘違いかもしれない。でも、もう逃げる理由はなかった。
「私も……私は、湊のこと」
湊は俯いたまま。
きっと私は、泣いたせいでひどい顔をしている。
それでも、今度は目を逸らさなかった。校舎裏での、あの子みたいに。
「ずっと……湊のことが好きだった」
言えた。
湊がゆっくりと顔を上げる。驚いたように目を見開いているその表情が、あまりにも可笑しくて。
「……何その顔」
思わず笑ってしまった。
***
「俺は……ずっと、自分に自信がなかった」
あれから少し歩き、久しぶりに近所の公園へ立ち寄った。
子供の頃は大きく見えた遊具も、今では驚くほど小さい。街灯の下に並ぶ二つのブランコにそれぞれ腰掛けると、湊がぽつりぽつりと話し始めた。
「灯里は……教室ではいつも誰かと笑ってて。勉強もできて」
そんなの、特別なことじゃない。
友達と話していれば笑うし、勉強だって得意不得意がある。
湊だっていつも男子と楽しそうにしていたし、体育になれば自然と湊のところへボールが集まっていた。
私から見れば、むしろ羨ましいくらいだった。
「三年。いや、六年間か……我ながら頑張ったと思うよ。周りにテンション合わせたり、服装とかも勉強したりして」
湊は少し照れくさそうに、遠くを見つめながら話している。
そういえば高校へ入ってから、湊は髪にワックスを付けるようになった。中学までは寝癖をそのままにして登校していたのに、急に身だしなみを気にするようになった湊を見て、「男子なんだなぁ」なんて思った覚えがある。
「湊は……何で、そんなこと頑張ったの?」
「な、何でって……灯里に釣り合うように──」
「私が湊のこと好きだったの、もっと前からなんだけど」
湊の言葉が止まる。
「だから、そんなことしなくても良かったのに」
私のために頑張っていたと聞けば、もちろん嬉しい。
でも、それと同時に、何年も一人で空回りしていた湊が少し可笑しくもあった。
「笑うなよ」
「だって……」
私だって同じだったから。
「高校入ってさ、友達とかクラスメイト見てると『あの子可愛いなぁ』って思うこと、いっぱいあったんだよね。で、隣にはどんどんカッコ良くなってく幼馴染がいて」
私はブランコを僅かに揺らしながら、足元へ目を落とす。
「きっと、私なんて──って、ずっと思ってた」
湊がこちらを見る。私も顔を上げた。
一瞬だけ目が合って、どちらからともなく笑いが漏れた。
「……何だよ、それ」
「こっちの台詞だよ」
相手のことばかり高く見積もって、自分なんか釣り合わないと思い込み、何年も一番近い場所ですれ違っていた。
「ねぇ、湊」
私はブランコから立ち上がり、湊の前へ回り込む。
普段は私が見上げてばかりなのに、湊が座っている今だけは、少しだけ私の方が高い。
「春から、別々になっちゃうけどさ」
高校生活も、あと僅か。もっと早く言えばよかった。
そんな後悔がないわけじゃない。
でも、もう昨日までのことを考えても仕方がない。
「まずは、あと二ヶ月。よろしくね」
「はぁ……今から大学変えられねぇかな」
「湊の学力じゃ……難しいかも?」
「お前なぁ……」
分かりやすく肩を落とす湊を見て笑いながら、私は手を差し出した。
「ほら、帰ろ」
一瞬だけ驚いた顔をしたあと、湊の大きな手が私の手を包む。
温かい。
今朝までなら、触れられただけで慌てていたその手を、今度は私から握り返した。
昨日までと同じ帰り道を、昨日までとは違う距離で歩いていく。