屋敷を守るための契約結婚だったのに、気づけば冷徹社長に囲い込まれていました

「あの……何か飲みますか?」
 社長がこちらを見る。その視線に少しだけ緊張しながら続けた。
「紅茶とか……私が飲みたいなって思って。ついでなので一緒にいかがですか」

 本当は、ただ温かいものでも飲んで少しホッとしてほしかった。
 でも、それを言えば余計なお世話だと思われそうで、少しだけ言葉をごまかした。

 すると社長は数秒考えたあと、小さく頷く。

「では、同じものを」
「はい」

 その答えが嬉しいと思う。
 キッチンでお湯を沸かし、カップを二つ並べる。

 夜更けの静かな家では、ポットの湯気が立つ音さえやけに大きく聞こえた。
 やがて二人分の紅茶を用意し、リビングへ戻る。

「どうぞ」
「ありがとう」

 向かい合うように座り、それぞれのカップを手に取った。
 会話はほとんどない。けれど不思議と居心地は悪くなかった。

 窓の外は真っ暗で、家中が静まり返っている。そんな深夜のリビングで、二人だけが起きている。
 そういえば、こんな風景が昔もあった。私の高校受験のとき、母が夜に紅茶を淹れてくれたのだ。

 でも私はその時、母に当たってしまった。私は優秀な父とも母とも血が繋がっていない。だから心配なのだと……。
 母はそんなことない、私たちの娘だから大丈夫だ、と何度も言ってくれて、実際大丈夫だった。だけど、あとで思い返すと、やっぱり母はあの時寂しそうな顔をしていた。

 私は寄りかかりすぎたと反省し謝った。それも母は、寄りかかられて嬉しいと言っていた。
 私が弱かっただけかもしれないけど、社長は本当に弱音一つ吐かない。愚痴も言わない。誰かに寄りかかろうともしない。

 相変わらず背筋は真っ直ぐで、隙なんて少しも見せない。
 朝霧家の人間で社長だからだろうか。

 きっとずっとそうしてきたのだろう。
 誰にも頼らず、疲れている事実さえ隠すその姿がなぜか少しだけ寂しいと思った。
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