屋敷を守るための契約結婚だったのに、気づけば冷徹社長に囲い込まれていました
 目の前に立っていたのは、先週、会社のホールで壇上に立っていた人物――朝霧グループの後継者で、私の勤める会社の社長、朝霧清正その人だったのだ。

 長身に黒のスーツを隙なく着こなし、夕方の逆光の中に立つ姿は妙に絵になっている。
 しかし、端整な顔の中でひときわ目立つ鋭い目つきは、相変わらず冷たいまま私を見下ろしていた。

「あ、朝霧社長……?」

「総務部の九条夏音だな」
「え、な、なんで私の名前と部署まで……」
「会社の社員の顔と名前くらい把握している。当然だろう」
「当然って……」

 思わず絶句する。
 社員数二千人はいるはずなんですけど。

 しかも、総務部の末端社員の名前まで覚えてるなんて普通じゃない。噂通り仕事の鬼なのか、それとも記憶力のお化けなのか。
 驚きと混乱で頭が追いつかないまま、それでも私は別の疑問に行き着いた。

「というか、どうして社長がここに……。まさか社員訪問、とかですか」
「この屋敷の購入者は俺だ」
「……はい?」

 一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
 そして理解できて青ざめる。もしかして、社長が言っていた都市開発? それならここは会社で購入したって話になる。

 ――『企業としてここを購入されていると買戻しはかなり難しいと思いますよ』
 弁護士の言葉が頭を回る。本当に買戻しはもう絶望的なのだろうか。

 私は恐る恐る尋ねた。

「会社で購入した、ってことですよね……」
「違う。俺個人の名義で購入した」
「個人……?」

 会社としてではなく、社長個人で?
< 15 / 62 >

この作品をシェア

pagetop