屋敷を守るための契約結婚だったのに、気づけば冷徹社長に囲い込まれていました
周作さんが亡くなっている。そして、その広大な屋敷を継いだのが妻ではなく、まだ高校生だった夏音だというのなら、その裏にある事情は嫌でも想像がつく。
「娘が継いでいるということは、母親も亡くなっているのか」
「えぇ、そうです」
聞けば、二人そろって事故で亡くなっていた。
夏音は両親の遺志を一人で受け継ぎ、広すぎるほどのあの屋敷を守り続けていた。かつてと変わらず子どもたちの居場所まで守ってきたとわかると、胸が締めつけられるような感覚を覚えた。
「その周辺も調べましたが……九条夏音の父親・周作氏は、あの九条不動産の血筋ですが、この夏音という女性は、本当の娘ではなく養子縁組をした子で、九条とは血のつながりがないようなんです。彼女は幼いころは親戚の家を転々として育ち、暴力なども受けていたようで、それを見かねた周作氏が夏音を引き取ったと……」
その報告は、さらに俺の予想を大きく裏切った。
夏音が両親と血のつながらない養女だったことを、このとき初めて知ったのだ。
胸の内へ湧き上がってきた感情に名前は付けられなかった。
懐かしさなのか、後悔なのか、それとも罪悪感なのか、自分でも判然としないまま、ただ一つだけはっきりしていたのは、幼い頃の俺は、夏音が周作さんたちに深く愛され、何不自由のない幸せな人生を歩んできたのだろうと勝手に思い込んでいたということだった。
その思い込みは見事なまでに外れ、人の笑顔だけを見て幸せを決めつけていた自分の浅はかさを思い知らされた。
そんな俺へ追い打ちをかけるように、綿貫は最後の報告を口にした。
「そして、その九条夏音は朝霧不動産の新入社員です」
「え……」
すぐに人事資料へ目を通すと、確かに総務部の新入社員名簿には九条夏音の名前が記載されていた。偶然では片づけられない現実を目の当たりにしてもなお、俺はしばらくその文字から視線を外すことができなかった。
どうしてここにいる?
いや、それ以前に、夏音は俺が朝霧家の人間だということを知らないはずだ。
次々と浮かぶ疑問を頭で整理しようとしても感情の方が先に動き出し、気づけば俺は自分でも止められないまま総務部へ足を運んでいた。
忙しく働く社員たちの間へ何気なく視線を巡らせたそのとき、一人の女性へ吸い寄せられるように目が止まる。
最後に会ったのは子どもの頃だったはずだが、一目見ただけで分かった。
――あれは夏音だ。
長くなった髪も、大人びた顔立ちも、昔より落ち着いた雰囲気も変わっていたはずなのに、子どものような好奇心に満ちた目元だけは記憶の中のままで、俺は思わず彼女から目を離せなくなっていた。