屋敷を守るための契約結婚だったのに、気づけば冷徹社長に囲い込まれていました
「とにかく、下手なことをすると訴えられかねませんからお気をつけください。間違っても、相手の気持ちが社長に向いてない段階で気持ちを押し付けるなどされないように。週刊誌の格好の餌食になります」
「俺を何だと思ってるんだ。そんなに不安か」
「恋愛方面は割とこじらせているようなので、念のため」
「……気を付ける」
それはない、と否定できないのは、綿貫の言葉が当たっているからだろうか。
ただ、これまで愛だの恋愛だのに興味がなかっただけだ。
そもそも、俺は社員からすれば近寄り難い存在である。自分からもそうしているし、べたべたする気もない。
それに、前総務部長だった原口を地方へ出向させたのは、俺自身だ。
原口は優秀な社員だったが、仕事にのめり込みすぎるきらいがあった。そんな折、子どもの重い喘息の治療と看病で、妻が一人疲れ切っているという話が、原口の子と同じ学校に通わせている秘書課の社員から耳に入った。彼女も悩んだ末に報告してきたようだ。
それとなく確認しても、原口は「家庭の中は全部妻に任せていますから大丈夫です。俺は必要ありません」と言い切り、少しも気にした様子を見せなかったが、案の定、その後に妻から離婚を切り出されたらしいと、俺が気にしていたことを察していた綿貫が俺に教えた。
このままでは家庭は壊れ、結局は仕事まで立ち行かなくなる。そう判断した俺は、原口の妻の実家があり、子どもの治療環境も整っている地方の子会社への出向を命じた。
最初本人は左遷だと思って激しく反発したし、実際、周囲から見ればそう映っても仕方がない人事だった。
当然、事情を知らない総務部の人間にとっても、自分たちの上司を突然地方へ飛ばした、冷酷な社長にしか見えなかっただろう。
嫌われるのも、怖がられるのも、経営者である以上、避けられない。
そう割り切っていた。
だが――夏音にだけは誤解されたくなかったと、そんな感情を抱いている自分に気づく。
勝手にいなくなり、十年以上も連絡ひとつしなかった男が、今さら何を望んでいるのか。