屋敷を守るための契約結婚だったのに、気づけば冷徹社長に囲い込まれていました
その日の私は、朝からずっと落ち着かなかった。
通勤電車の窓に映る自分の顔を見ても、会社へ着いてパソコンを立ち上げても、頭の中では今朝の出来事ばかりが何度も再生される。そのたび、どう頑張っても仕事へ意識を向けられなかった。
社長に触ってしまった。
いや、あれは事故だった。事故だったのだけれど――。
思い出すたびに耳まで熱くなり、私は資料を整理するふりをしながら何度も深呼吸を繰り返して気持ちを落ち着かせようとした。しかし、一度意識した記憶はなかなか消えてくれず、ますます顔が熱くなっていくばかりだった。
「九条ちゃん、今日なんか顔赤くない? 熱でもある?」
「えっ!?」
不意に隣から声を掛けられ、私は椅子から飛び上がりそうになりながら角倉先輩の方を振り向き、そのまま勢いよく首を横へ振った。
「な、ないです!」
「そう? なんか朝から様子変だけど」
「平気です!」
慌てて答えながら笑顔をつくるものの、自分でも不自然なくらい声が上ずっているのが分かる。
その時だった。
ふと視線を落とした私は、自分の左手薬指に指輪がはまったままだという事実に気づき、心臓がひゅっと縮み上がる。
慌てて周囲を見回しながら指輪を外した。誰にも見られていないことを祈りつつポケットへ滑り込ませると、さらにばくばくと音を立てる心臓を押さえながら小さく息を吐く。
不安になってフロアを見渡してみるが、総務部は今日も相変わらず慌ただしく、コピー機の稼働音や電話の呼び出し音、社員たちのやり取りが絶え間なく飛び交っていて、どうやら私の異変に気づいている人はいないようだった。