屋敷を守るための契約結婚だったのに、気づけば冷徹社長に囲い込まれていました
 総務部所属の私・九条夏音は、配布された資料の上にペンを置いたまま、苦虫を噛み潰したような顔で壇上を見つめていた。

 入社して五年経つけど、この社長の雰囲気には一切慣れない。私は、身長百六十二センチで、特徴と言えばモカブラウンのロングヘアーをいつも一つにくくっていることと、少しだけ目が大きめというだけの人間だ。

 絵にかいたような平凡な見た目とそして平凡な能力の私だって、社長が話している内容自体は理解できるし、むしろ正論だとも思う。それでも、喉の奥に引っかかった棘みたいな感情だけはどうしても消えてくれない。

 別に、直接なにかされたわけじゃない。

 そもそも社長と平社員の私では立場が違いすぎて、まともに会話さえしない。
 けれど、総務部の原口部長が突然異動になったあの日から、私は勝手に朝霧社長を嫌うようになった。

 その異動が社長直々の指示だった、と部内では噂になっていたから……。

 原口部長はまじめな人だった。それに、誰かを怒鳴ったところなんて一度も見た記憶がなかったし、誰からも相談を受けていて、誰よりも信頼を得ていた。

 そんな人が、ある日突然、地方子会社への出向を命じられたのだ。

 理由は詳しく知らされていないが、下っ端の私には、一度社長の逆鱗に触れた、という噂だけが耳に届いていた。
 人間だから間違えることくらいある。なのに、一回の失敗くらいで切り捨てるなんて、朝霧社長は冷酷すぎる。
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