屋敷を守るための契約結婚だったのに、気づけば冷徹社長に囲い込まれていました
 社長が何か話すたび、周囲の社員たちが真剣な顔でメモを取っていく。前の席の営業部社員など、感銘を受けたみたいに何度も頷いていて、私はそれを薄目で見ながら、なんとも言えない気分になった。

 そもそも、社長は生まれながらにして、全部持っている人だ。
 朝霧家は旧財閥系の一族で、日本でも有数の巨大グループ企業。

 その血縁は皆とんでもなく裕福で、しかも朝霧社長は会長の長男の子ども。次期会長に一番近い位置にいる。
 きっと、彼は子どもの頃から裕福で何不自由ない生活を送ってきたのだろう。お金にも人にも不自由ない生活を……。

 だからきっと分からないとは思うんだけど、思い出とか、人との縁とか、そういう数字にならないものを大事にできないなら、どれだけ立派な血筋でも、どれだけ立派な話をしていても、私は好きになれない。

 壇上を睨むように見上げていると、ふいに朝霧社長がゆっくり視線を動かした。会場全体を見渡すような、鋭い目線。

 次の瞬間。

 冷えたガラスみたいな黒い瞳が、ほんの一瞬だけこちらを射抜く。心臓が跳ね、私は反射的に視線を逸らした。
 なに、今……。目が合ったわけじゃないよね? 一瞬こっちを見ていた気がしたんだけど……。

 別に怒られたわけでもないのに、視線が合ったかもしれないというだけで息が詰まる。
 そのせいで頭は切り替わった。

 社長に色々思うところはあっても仕事は仕事だ。ここの給料がないと困る理由もあるし、仕事自体は嫌いではない。

 とにかく自分の感情だけで話を聞かないわけにもいかず、私は小さく息を吐くと、配布資料の余白にペンを走らせた。
 重要そうな箇所だけを書き留めながらも、頭の中ではまだ、原口部長が最後に見せた納得いかない表情のままの顔が消えずに残っていた。
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