屋敷を守るための契約結婚だったのに、気づけば冷徹社長に囲い込まれていました
 全社会議が終わり、ぞろぞろと社員たちが地下ホールから引き上げていく流れに混ざりながら総務部へ戻ると、さっきまで張り詰めていた空気が嘘みたいに緩み始めた。

 その空気に混ざるようにして、自分のデスクへ手帳を置いた角倉(かどくら)洋子(ようこ)先輩が、肩を大きく後ろに回しながら息を吐く。

「いやぁ、社長って、話聞くだけで緊張するよねぇ」

 椅子へどさっと腰を下ろした先輩は本気で疲れた顔をしていた。その分かりやすい姿がおかしくて、私はその隣の自席に座りながら、笑ってしまった。

「笑い事じゃないのよ? ほんと、なにが逆鱗に触れるのかわかんないから余計怖いのよ。この前なんて、社内であくびした社員が社長に睨まれて、その次のボーナス査定が下がったって噂もあるもん」
「えぇ……! さすがにそれは都市伝説じゃないですか? だってあくびした社員がどこの部署の誰かもすぐに見抜かなきゃならないんですよね?」

 私は苦笑しながら返したものの、角倉先輩は「いやいや」と首を横に振る。

 そのとき、角倉先輩の前の席にいる、一つ下の後輩・森本(もりもと)省吾(しょうご)くんも話題に参加し始めた。
 彼は人懐っこい笑顔と明るい茶色の髪が印象的で、性格もとても明るい。

「確かに朝霧社長なら覚えていても不思議ではないですよね」
「そうそう。社員の名前とか全部覚えていそうでしょ」

 角倉先輩も応じる。私は首を横に振った。

「さすがに全社員は無理でしょう。何千人いると思ってるんですか」
「わかんないよ。あの社長は底が知れないもん」
「確かにそうですよね。なにができても驚かない雰囲気というか……」

 二人は本気でそう思っている顔だった。
 本当にあってもおかしくない。そう思わせるだけの何かが朝霧社長にはある。
 威圧感はもちろんだけど、感情を表に出さない人特有の不気味さというか……。

 しかも、あの目だ。

 さっき一瞬だけ視線がぶつかった感覚を思い出し、私は無意識に肩をすくめた。
 すると角倉先輩は、今度は少し声のトーンを落として、先程配布された資料をぺらりとめくる。

「それにしても、あんな話をするなんて……都市開発案件を、うちが受注できる自信があるんだよね。地下鉄の新ルートも絡む国主導の広域再開発計画だから、規模は相当大きいはず。でも、今の支部大臣になってからは知名度では選ばれなくなって、大手でも受注に苦戦しているって聞くのよ」
「まだ候補地で揉めてるって話でしたっけ?」

 森本くんが質問する。角倉先輩は頷いた。

「らしいよ。今のところ、候補は三か所。そのうちの一つの緑都地区に決まればうちが主導できるんじゃないかな。後の二つなら、どこまで土地を確保できるかにもよるけど……あの朝霧社長だもん。できないことはないと思う。駅前再開発とか、商業施設とか、高級マンションとか入れてすっごいやつ作るんだろうなぁ」

「都市開発……かぁ」
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