屋敷を守るための契約結婚だったのに、気づけば冷徹社長に囲い込まれていました

 誰に聞かせるでもなく呟きながら資料を抱えて席を立ち、二階の会議室へ向かうためエレベーターに乗る。廊下を歩いていると、一階のエントランス付近が妙に騒がしいことに気付いた。

 何事だろうと吹き抜けから下を覗き込んだ私は、そこに見慣れた人物の姿を見つけて思わず足を止めた。
 数人の社員を引き連れながら歩く社長だ。周囲では、次々と報告が飛び交い、誰かが資料を差し出し、それに対して社長が短く的確な指示を返している。

 その一団はまるで移動する会議室だった。

「……すごいな」

 以前の私なら、近寄りがたいとか怖いとか、そんな印象しか抱かなかったはずなのに、同じ家で暮らすようになった今は少し違っていた。

 誰よりも早く会社へ来て、誰よりも遅く帰り、休日ですらロクに休まない彼の姿を知ったからこそ、冷たい人だと単純に片付けられなくなっていた。
 むしろ、あれほど働き続けているのだから愛想を振りまく余裕などなくて当然なのかもしれないと考えてしまう。

 その時だった。

 ふいに社長が顔を上げた。
 そして、一瞬だけこちらを見る。本当に一瞬だった。

 けれど私には、その数秒にも満たない時間がひどく長く感じられて、心臓が跳ねるのと同時に反射的に顔を逸らした。
何やってるの私……。好きになってもらうには、せめて笑顔で手を振るとかあったでしょう。

 自分でも情けなくなったが、だからといって平然としていられるほど余裕はなく、心臓は容赦なく暴れ続けている。
 ようやく社長たちの一団が視界から消えたのを確認した私は、大きく息を吐きながら胸元を押さえた。
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