屋敷を守るための契約結婚だったのに、気づけば冷徹社長に囲い込まれていました
「九条さん」
「ひゃっ!」
突然背後から声をかけられた私は本気で飛び上がりそうになり、慌てて振り返る。
そこには社長秘書の男性、綿貫(わたぬき)卓(すぐる)さんが立っていた。秘書課も同じ総務部なので、顔と名前くらいはお互い知っている。社長とあまり変わらないくらい高身長で、整えられた前髪と銀縁眼鏡の奥からこちらを見つめる姿は相変わらず隙がない。
「わ、綿貫さん……」
「そんなに驚かれるとは思いませんでした」
「すみません、ちょっと考え事をしていて……」
苦笑する私に対して綿貫さんは小さく目を細め、それから思い出したように口を開いた。
「社長がご心配されていましたよ」
「え?」
予想外の言葉に思わず目を瞬く。
社長が心配。どうにも社長本人と結び付かない言葉だった。
けれど次の瞬間、今朝のメモを思い出す。
【遅刻するなよ】
あれのことだろう。時間通り出社しているか確認したかっただけに違いない。
嫌味な人だ。