屋敷を守るための契約結婚だったのに、気づけば冷徹社長に囲い込まれていました
 ぽつりと呟いた瞬間、頭の中に浮かんだのは、自分の家だった。
 古びた門。広すぎる庭。季節ごとに勝手に花を咲かせる木々。

 そして最近、何度もしつこく訪ねてくる不動産業者の顔。

『ぜひ一度、お話だけでも』
『今ならかなり好条件で――』

 丁寧な笑顔を浮かべながらも、絶対に諦める気のない目をしていた。
 どうやら私の家の周辺一帯である住楽地区も、再開発候補地の一つに入っているらしい。近所でも少しずつ土地を手放す人が出始めている。

「住む人の未来を考える、って……いいように言っても、古いものをどんどん潰して、新しいものに作り替えちゃうって感じじゃないですかね」

 自分でも気づかないうちに、少し低い声が出ていた。
 角倉先輩は「うーん」と首を傾げながら口を開く。

「まぁ、文化財レベルなら残すんだろうけど、基本的にはみんな綺麗で便利な場所に住みたいって思うもんじゃない? 駅近で、セキュリティ良くて、新築で。実際、便利な位置にできる新しいマンションって建てばすぐ売れるしさ」
「それは……そうですけど」
「九条ちゃんだって、新しいショッピングモールとか好きでしょ?」
「それは好きです。めちゃくちゃ見に行きます」

 即答すると、角倉先輩も、森本くんも噴き出した。

「ほらぁ。結局みんな新しいものが好きなんだって」
「俺も好きです。新しい建物ってワクワクしますよね」

 言いたいことはわかる。
 実際、私だって最新の店や綺麗な施設は行ってみたいと思うし、不便な古い建物より快適なマンションの方が暮らしやすいのも理解している。

 でもそういう理屈が全部わかっていてもなくしたくないものって、この世にはあるのだ。
 たとえば、子どもの頃から見慣れてきた庭の景色とか。祖父が植えて父が大きく育てた木とか。廊下に差し込む夕方の光とか。そこに集まってくる人たちとか……。

 そういうものは、数字では測れない。それを守れるためなら私はなんだってやるのだ。
 気付けば強く拳を握っていた。

「九条ちゃん?」
「あ、いえ……なんでもないです」

 慌てて笑って誤魔化したけれど、胸には嫌な予感が広がり始めていた。
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