屋敷を守るための契約結婚だったのに、気づけば冷徹社長に囲い込まれていました

『九条』でも『君』でもない。

 何か言わなければと思うのに、頭が真っ白になって言葉がひとつも出てこなかった。
 すると社長は数秒ほどしてようやく意識がはっきりしたらしく、私の顔を見たまま一瞬だけ目を見開いた後、ゆっくり身体を起こして手を離した。

「……すまない。完全に眠っていた」
「い、いえ、大丈夫です」
「変なことはしていないか」

 私は慌てて立ち上がると、距離を取るように一歩下がりながら必死に平静を装った。

「大丈夫ですよ。でも、ちゃんと休めたならよかったです。すごく疲れてたみたいですし。珍しいですね、こんなにぐっすり眠るなんて」

 そう言いながらふと社長の額を見ると、うっすらと汗が滲んでいると気付いた。今日は風があるとはいえ日差しも強かったから少し暑かったのかもしれない。私はポケットからハンカチを取り出した。

「汗、かいてますよ。よかったら使ってください」
「……借りてもいいのか」
「もちろんです」

 社長は差し出されたハンカチをしばらく見つめた後、まるで大切なものでも受け取るような仕草でそれを受け取り、柔らかく目を細めた。

「ありがとう」
「いえ……」
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