水色に混ざる夏 2
服を買ったあと、モールの中を二人で歩いていると、透くんがふと足を止めた。
「……あれ、ルーズソックスか?」
視線の先には、雑貨ショップの一角。くしゅっとした厚手のソックスがカラフルに並んでいる。
「あ、うん! 今また流行ってるんだよ。さっき言ったY2Kの一つ」
「俺の時代じゃ女子高生がみんな履いてるけど……30年後にまた店に並んでるのか」
透くんは少し驚いた顔をしたあと、感心したように呟いた。
「ファッションって、巡るんだな」
わたしの頭に、去年のことがよぎった。
お母さんの引き出しから出てきたルーズソックスを持っていって、95年の透くんの前で履いてみせた日のこと。
「似合ってるよ」って、笑ってくれたこと。
——でも今は、言わない。
これは、この透くんの知らない思い出だから。
「……凛花? どうした、ぼーっとして」
「えっ、なんでもない! ほら、次行こう!」
笑顔で誤魔化して、わたしは歩き出した。
◆
歩き疲れて、カフェで一息ついた。
透くんはタブレットのタッチパネルで注文するシステムにも最初は戸惑ったけど、わたしが一度やって見せたら、もう自分で操作していた。
「画面に触れた位置を検知して、対応する処理を実行する。……これ、さっきの電子決済と根っこは同じ技術だろ?」
「……たぶん……そう、なのかな? わたしそこまで考えたことなかった……」
使い方を教えたはずなのに、いつの間にか仕組みまで理解されている。
過去から来たはずの人に追い越されるこの感じ、くやしいけど——ちょっとだけ、頼もしい。
運ばれてきたアイスコーヒーを飲みながら、透くんが静かに窓の外を見ていた。
「……変わったな、街」
「そうだね……透くんの知ってる街とは、だいぶ違うよね」
「でも、空の色は同じだ」
そう言って窓の外を見上げる横顔が——去年の透くんと、重なった。
高い場所から街を見下ろしたとき。海の家でラムネを飲んだとき。夏祭りの花火を見上げたとき。
いつだって透くんは、こうやって静かに遠くを見つめていた。
ちがう人なのに、同じ横顔。
胸がきゅっとなるのも、同じ。
「……去年もね」
気づいたら、口が動いていた。
「去年も、お金のことでいろいろあったんだ。わたしが今のお札を持って行ったら使えなくて、透くんが昔のお金を貸してくれて……。夏祭りでお小遣いまでもらっちゃって。返そうとしたら、代わりに焼きそば奢ってって言われて——」
言いながら、笑ってしまった。あのときの透くんの「海の家、焼きそばとラムネが俺は好き」って言葉を思い出して——
でも。
透くんの目が、静かにこちらを見ているのに気づいて、わたしの声は途切れた。
「——ごめん。俺は、その話を知らないんだ」
冷たい声じゃなかった。
ただ事実を、優しく伝えてくれただけ。
でも——その優しさが、余計に胸に刺さった。
「……うん。ごめん、わたし、つい——」
視線を落とす。氷が溶けかけたアイスコーヒーの表面に、自分の情けない顔が映っている気がした。
しばらく、沈黙が流れた。
「……でも、大事な思い出なんだろ」
透くんが、ぽつりと言った。
「話してるとき、すごく楽しそうだったから」
顔を上げると、透くんはまっすぐわたしを見ていた。
責めるでもなく、哀れむでもなく——ただ、受け止めてくれるような目で。
(……あ)
去年の透くんも——写真のことで、同じような顔をしてくれたことがあった。
「大切な思い出だからな」って、ぎこちなく笑って。
ちがう人。ちがう世界の透くん。
なのに、こういう温度が、同じ。
「……うん。大事な思い出。ぜったい忘れたくない、大事な——」
声が震えそうになって、わたしは慌ててアイスコーヒーを飲んだ。冷たさが喉を通って、なんとか涙を押し戻してくれた。
◆
カフェを出て、夕暮れの商店街を歩く帰り道。
さっきの気まずさは、透くんが何事もなかったように「次はどこに行く?」と聞いてくれたおかげで、少しずつ薄れていった。
「……ねえ、透くん」
「ん?」
「わたし、これからは【去年の話】はしないようにする。この夏は、この夏だから」
透くんは少し考えてから、首を振った。
「別にいいよ。聞いてて嫌じゃなかったし、……俺の知らない俺が、どんな夏を過ごしたのか、ちょっと気になるからな」
「え……いいの?」
「ただ、ひとつだけ」
透くんが、立ち止まった。
夕日を背にした横顔が、オレンジ色に染まっている。
「——俺は俺で、凛花と新しい思い出を作りたいとは思ってる」
その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなった。
去年の思い出は、消えない。消したくない。
でも——今年の夏だって、特別にしたい。
「……うん。わたしも、そうしたい」
素直にそう言えた自分が、ちょっとだけ誇らしかった。
夕焼けに染まる商店街を歩きながら、わたしはこっそり、透くんの横顔を盗み見る。
知らない未来を歩く、知ってる横顔。
同じなのに、ちがう。ちがうのに、同じ。
——去年の忘れられない夏が、帰って来たような気がした。

[挿絵D:夕暮れの二人]
「……あれ、ルーズソックスか?」
視線の先には、雑貨ショップの一角。くしゅっとした厚手のソックスがカラフルに並んでいる。
「あ、うん! 今また流行ってるんだよ。さっき言ったY2Kの一つ」
「俺の時代じゃ女子高生がみんな履いてるけど……30年後にまた店に並んでるのか」
透くんは少し驚いた顔をしたあと、感心したように呟いた。
「ファッションって、巡るんだな」
わたしの頭に、去年のことがよぎった。
お母さんの引き出しから出てきたルーズソックスを持っていって、95年の透くんの前で履いてみせた日のこと。
「似合ってるよ」って、笑ってくれたこと。
——でも今は、言わない。
これは、この透くんの知らない思い出だから。
「……凛花? どうした、ぼーっとして」
「えっ、なんでもない! ほら、次行こう!」
笑顔で誤魔化して、わたしは歩き出した。
◆
歩き疲れて、カフェで一息ついた。
透くんはタブレットのタッチパネルで注文するシステムにも最初は戸惑ったけど、わたしが一度やって見せたら、もう自分で操作していた。
「画面に触れた位置を検知して、対応する処理を実行する。……これ、さっきの電子決済と根っこは同じ技術だろ?」
「……たぶん……そう、なのかな? わたしそこまで考えたことなかった……」
使い方を教えたはずなのに、いつの間にか仕組みまで理解されている。
過去から来たはずの人に追い越されるこの感じ、くやしいけど——ちょっとだけ、頼もしい。
運ばれてきたアイスコーヒーを飲みながら、透くんが静かに窓の外を見ていた。
「……変わったな、街」
「そうだね……透くんの知ってる街とは、だいぶ違うよね」
「でも、空の色は同じだ」
そう言って窓の外を見上げる横顔が——去年の透くんと、重なった。
高い場所から街を見下ろしたとき。海の家でラムネを飲んだとき。夏祭りの花火を見上げたとき。
いつだって透くんは、こうやって静かに遠くを見つめていた。
ちがう人なのに、同じ横顔。
胸がきゅっとなるのも、同じ。
「……去年もね」
気づいたら、口が動いていた。
「去年も、お金のことでいろいろあったんだ。わたしが今のお札を持って行ったら使えなくて、透くんが昔のお金を貸してくれて……。夏祭りでお小遣いまでもらっちゃって。返そうとしたら、代わりに焼きそば奢ってって言われて——」
言いながら、笑ってしまった。あのときの透くんの「海の家、焼きそばとラムネが俺は好き」って言葉を思い出して——
でも。
透くんの目が、静かにこちらを見ているのに気づいて、わたしの声は途切れた。
「——ごめん。俺は、その話を知らないんだ」
冷たい声じゃなかった。
ただ事実を、優しく伝えてくれただけ。
でも——その優しさが、余計に胸に刺さった。
「……うん。ごめん、わたし、つい——」
視線を落とす。氷が溶けかけたアイスコーヒーの表面に、自分の情けない顔が映っている気がした。
しばらく、沈黙が流れた。
「……でも、大事な思い出なんだろ」
透くんが、ぽつりと言った。
「話してるとき、すごく楽しそうだったから」
顔を上げると、透くんはまっすぐわたしを見ていた。
責めるでもなく、哀れむでもなく——ただ、受け止めてくれるような目で。
(……あ)
去年の透くんも——写真のことで、同じような顔をしてくれたことがあった。
「大切な思い出だからな」って、ぎこちなく笑って。
ちがう人。ちがう世界の透くん。
なのに、こういう温度が、同じ。
「……うん。大事な思い出。ぜったい忘れたくない、大事な——」
声が震えそうになって、わたしは慌ててアイスコーヒーを飲んだ。冷たさが喉を通って、なんとか涙を押し戻してくれた。
◆
カフェを出て、夕暮れの商店街を歩く帰り道。
さっきの気まずさは、透くんが何事もなかったように「次はどこに行く?」と聞いてくれたおかげで、少しずつ薄れていった。
「……ねえ、透くん」
「ん?」
「わたし、これからは【去年の話】はしないようにする。この夏は、この夏だから」
透くんは少し考えてから、首を振った。
「別にいいよ。聞いてて嫌じゃなかったし、……俺の知らない俺が、どんな夏を過ごしたのか、ちょっと気になるからな」
「え……いいの?」
「ただ、ひとつだけ」
透くんが、立ち止まった。
夕日を背にした横顔が、オレンジ色に染まっている。
「——俺は俺で、凛花と新しい思い出を作りたいとは思ってる」
その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなった。
去年の思い出は、消えない。消したくない。
でも——今年の夏だって、特別にしたい。
「……うん。わたしも、そうしたい」
素直にそう言えた自分が、ちょっとだけ誇らしかった。
夕焼けに染まる商店街を歩きながら、わたしはこっそり、透くんの横顔を盗み見る。
知らない未来を歩く、知ってる横顔。
同じなのに、ちがう。ちがうのに、同じ。
——去年の忘れられない夏が、帰って来たような気がした。

[挿絵D:夕暮れの二人]