君のとなり 〜約束の168〜

第16章 すれ違い

それから数日。

学校中に、私と拓実先輩が付き合い始めたという話が広まっていた。

文化祭で一緒にいるところを見ていた人も多かったから、噂が広がるのはあっという間だった。

「瑠夏、本当に拓実先輩と付き合ってるの?」

「うん……」

「えっ、やっぱり本当なんだ!」

「あの拓実先輩と!?」

「すごいじゃん、瑠夏!」

「拓実先輩って、すごく人気あるじゃん。羨ましい!」

「文化祭のとき、なんかいい感じだと思ってたんだよね」

次々に向けられる言葉に、私は恥ずかしくなって頷いた。

拓実先輩と付き合っている。

そう口にするだけで、胸がくすぐったくなる。

放課後になれば、拓実先輩から連絡が来る。
廊下ですれ違えば、笑顔で「瑠夏」と呼んでくれる。

そんな毎日が嬉しかった。

でも。

その頃から、翔が部活に来なくなった。

最初は、一日だけだと思っていた。

けれど、次の日も。
その次の日も。

新体操部の休憩時間。

私は何気なく体育館の窓からグラウンドを見た。

いつもなら、陸上部が練習している。
その中に、翔の姿を探すこともあった。

でも――。

いない。

翌日も。

その次の日も。

グラウンドに、翔の姿はなかった。

どうしてだろう。

そう思ったけれど、その理由を知る術はなかった。

そして、ある日の帰り道。

私は偶然、翔と会った。

「……翔くん?」

足を止める。

翔も私に気づいた。

久しぶりに見る顔。

なのに、その表情はどこか冷たかった。

私は戸惑いながら口を開いた。

「最近、部活行ってないんだね」

翔の目が、わずかに揺れた。

けれど、すぐに視線を逸らす。

「瑠夏には関係ないだろ」

胸の奥を、鋭い何かで刺されたような気がした。

さらに翔は、私から視線を逸らしたまま言った。

「それより拓実先輩と付き合ってるんだって? 良かったじゃん。先輩、優しいし」

翔は笑った。

でも、その笑顔はいつもの翔のものじゃなかった。

高跳びのことを話すときみたいな、まっすぐな目でもない。

「……うん」

私は小さく頷いた。

翔はそれ以上何も言わず、そのまま歩いていった。

私は、その背中を見つめたまま動けなかった。

どうして。

どうして、そんな言い方するの……?

胸が苦しい。

目の奥が熱くなる。

私は慌てて俯いた。

「瑠夏、どうしたの?」

友達の声がした。

私は慌てて顔を上げた。

「大丈夫……なんでもない」

そう言ったのに。

涙が、頬を伝った。

一度こぼれた涙は、止まらなかった。

「瑠夏……?」

「大丈夫……大丈夫」

そう繰り返しながら、両手で顔を覆った。

それでも、涙は止まらなかった。

***

翔は、瑠夏から離れた。

歩きながら、奥歯を噛みしめる。

本当は、あんなことを言いたかったわけじゃない。

「瑠夏には関係ない」なんて、言いたくなかった。

本当は――。

もう一度、跳びたかった。

「頑張って」って、あの頃みたいに言ってほしかった。

瑠夏が見ていてくれるなら、もう一度頑張れる気がしていた。

でも今は、その瑠夏には拓実がいる。

拓実と付き合った瑠夏を見ながら、それでも高跳びを続けられるほど、翔の心はまだ強くなかった。

だから、離れるしかなかった。

高跳びを続ける意味まで、失ったように感じていた。

瑠夏がいなくても跳びたいと思えるほど、まだ心は回復していない。

だからこそ――。

自分から、瑠夏の前から離れた。
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