むすび洋菓子店 ―人との縁と縁をつなぐ―

海色の指輪

 るいと結月は、少しずつ距離を縮めていった。

 お店の一角に置いた雑貨を一緒に眺めたり、閉店後に他愛もない話をしたり。

 忙しい一日の終わりに、るいがいる。

 それだけで、結月は心が落ち着くようになっていた。

 ある夜。

 空には星がたくさん輝いていた。

 湯布院の街の明かりから少し離れた「むすび洋菓子店」には、静かな夜が流れていた。

 閉店時間を過ぎ、結月は店内の片付けをしていた。

「今日は星が綺麗だね」

 窓の外を見ながら、るいが言った。

「本当だね」

 結月も手を止めて、夜空を見上げる。

「こんな日は、なんだか特別なことが起こりそう」

「特別なこと?」

「うん」

 るいは、少し照れたように笑った。

「結月」

「なに?」

 るいがポケットから小さな箱を取り出した。

「これ……」

「え?」

 結月が驚く。

 箱を開ける。

 中には、美しい指輪が入っていた。

 海をモチーフにした、小さな指輪。

 青い石が星空の下で静かに輝いている。

「綺麗……」

 結月は息を呑んだ。

 るいは、結月の前に立った。

「結月」

 今度は、まっすぐ目を見つめる。

「私と……家族になりませんか?」

「……」

 結月は言葉を失った。

「私で……いいの?」

「結月がいい」

 るいは優しく笑った。

「これから先も、毎日一緒にいたい」

 結月の目から、涙がこぼれた。

 昔は、恋なんてもうしないと思っていた。

 愛した人を忘れることもできなかった。

 でも今、目の前にいる人は、過去ではなく未来を見てくれている。

「……いいよ」

 結月は涙を拭きながら笑った。

「私も、るいさんと家族になりたい」

 るいは、そっと指輪を結月の指にはめた。

 海色の指輪が、星空の下で輝いた。

 それから二人は、婚約した。

 そして、結婚することになった。

     *

 数日後。

 結月は、親友の瑠璃にそのことを知らせた。

「瑠璃ちゃん、実はね……」

「なに?」

 結月は少し照れながら左手を見せる。

「婚約したの」

「えっ……!」

 瑠璃は目を丸くした。

「結月、おめでとう!」

「ありがとう」

「誰と?」

「るいさん」

「やっぱり!」

 瑠璃は嬉しそうに笑った。

「本当によかったね、結月」

「うん」

 その知らせは、やがて秀の耳にも届いた。

 秀は、しばらく何も言わなかった。

「……結月、結婚するんだ」

 胸の奥に、何かが落ちたような感覚がした。

 そして数日後。

 秀は一人で湯布院を訪れた。

 気づけば、足は「むすび洋菓子店」へ向かっていた。

 カラン――。

「いらっしゃいませ」

 結月が顔を上げる。

「……秀」

「久しぶり」

「どうしたの?」

 秀は少しだけ笑った。

「結婚するんだってな」

 結月は、左手の指輪を見た。

「うん」

「おめでとう」

「……ありがとう」

 秀は店内を見渡した。

 昔と変わらないチーズケーキがショーケースに並んでいる。

「チーズケーキ、一つ」

「はい」

 結月はいつものように箱へ詰めた。

「持ち帰りで」

「分かった」

 会計を済ませる。

 秀はケーキの箱を受け取った。

「じゃあ……またな」

「うん」

 秀は店を出ていった。

 カラン――。

 扉が閉まる。

 結月は、その背中を見送った。

 秀は振り返らなかった。

 ただ、手にしたチーズケーキを大切そうに抱えて、湯布院の街へ消えていった。

 結月は左手を見る。

 海色の指輪が、店の明かりを受けて静かに輝いていた。

 過去の恋は、終わった。

 そして今――

 新しい縁が、結月の未来へ続いていた。
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