むすび洋菓子店 ―人との縁と縁をつなぐ―

逃げるように

 同窓会は、まだ続いていた。

 みんながケーキを囲みながら、高校時代の思い出話に花を咲かせている。

「結月、本当にありがとう」

「めっちゃ美味しかった!」

「自分の好きな味、覚えてくれちょったんやね」

 嬉しそうな声が、次々と聞こえてくる。

 結月は、その一つひとつを聞きながら笑った。

「みんなが食べてくれて、嬉しかった」

 朝の四時まで作った。

 眠かった。

 疲れていた。

 それでも、作ってよかったと思えた。

 けれど――

 秀の隣には由美がいる。

 その姿を見るたび、胸の奥が苦しくなる。

 結月はそっと瑠璃のところへ行った。

「瑠璃ちゃん」

「ん?」

「私、もう帰るね」

「え? もう?」

 瑠璃が驚いた顔をする。

「うん。みんな食べてくれて嬉しかったし」

「でも、まだ始まったばっかりじゃん」

「うん……でも、お店の片付けとかあるから」

 結月は笑った。

「明日も仕事あるしね」

 瑠璃は結月の顔をじっと見る。

「……結月、本当に大丈夫?」

「大丈夫だよ」

 いつもの笑顔。

 けれど、瑠璃には分かっていた。

 結月が無理をして笑っていることを。

「そっか……」

 瑠璃は、それ以上聞かなかった。

 結月は会場を見渡す。

 懐かしいクラスメイトたち。

 そして――秀。

 目が合った。

 結月は一瞬だけ立ち止まった。

 けれど、すぐに笑顔を作る。

「ルーム長、今日はありがとうね!」

「ああ。ケーキもありがとう。本当に美味しかった」

「結菜も、食べてくれてありがとう!」

「こちらこそ! 結月のケーキ、最高だったよ」

 そして最後に、秀を見る。

「……秀も、ありがとね」

「え?」

「ケーキ、美味しかったでしょ?」

「ああ……うん」

 秀は結月を見つめた。

「すごく美味しかった」

「よかった」

 結月は微笑んだ。

「じゃあ、また会おうね!」

「うん。またな」

 その言葉を聞いた瞬間。

 結月は、これ以上ここにいることができなくなった。

「じゃあね!」

 笑顔で手を振る。

 そして、会場を出た。

 早足でホテルの廊下を歩く。

 エレベーターのボタンを押す。

 扉が開く。

 中へ入った瞬間――

「……っ」

 結月は胸元を押さえた。

 涙が一粒、頬を伝った。

 誰にも見られないように、急いで拭う。

「泣いちゃだめ……」

 エレベーターの扉が閉まる。

 結月は、そのままホテルを出た。

 まるで、何かから逃げるように。

 車に乗り込み、エンジンをかける。

 バックミラーに映るホテルを見つめる。

「……また会おうね」

 さっき秀に言った言葉が、胸に刺さる。

 本当は――

 もう会いたくない。

 これ以上、好きだった人の隣に誰かがいる姿を見たくない。

 でも、そんなことは言えなかった。

 結月はアクセルを踏んだ。

 ホテルが少しずつ遠ざかっていく。

 湯布院へ戻る道。

 結月は涙を拭いながら、前を向いた。

 その頃、会場では――

「……結月、もう帰ったの?」

 秀が瑠璃に尋ねていた。

 瑠璃は少しだけ秀を見つめた。

「うん。お店の片付けがあるんだって」

「……そう」

 秀は、閉じられた会場の扉を見る。

 なぜか、胸の奥が落ち着かなかった。

 自分でも、その理由が分からなかった。
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