71歳の恋愛小説家
三年前の十一月、夫を亡くした。

それを機に、ここで人生をリセットさせようと自分の周りも身軽になるように一人奮闘した。

夫は七十歳になったのを期に仕事を辞めたいと言い出したのだ。

夫は金型職人で三十歳の時に独立して自分で小さな会社を興した。

加奈子はそんな夫の会社の経理や事務や営業まで一人でこなしていたのだ。

夫は腕のいい職人で、業界でも名が知れた存在だったので、仕事が途切れることはなく、細かくて難しい注文ほど喜んで夢中になってやっていた。

だから、加奈子もそれなりに忙しかった。

夫を説得して土日休みの週休二日制にしたのも、まだここ二~三年の事だ。

一時期は五人ほど職人もいたが、夫が亡くなった時には当時七五歳の山内宗一が一人いただけだった。

皆に宗さんと呼ばれていた彼の事を夫はとても頼りにしていたのだ。

宗さんも七十歳ぐらいになると、もう細かい仕事はできないと言って辞めると言ってきたが夫が辞めさせなかった。

自分のサポートで磨きや道具の管理などをやってくれればいいからと言って引き留めたのだ。

そして自分が七十歳になると宗さんの言っていたことがよくわかると言っていた。自分に限界を感じたのだろう。

職人気質という言葉があるが、確かに仕事には頑固で気難しい事もあるが、性格は穏やかで人情に厚く優しい人だった。

子煩悩で、仕事場が自宅の隣という事もあって子供達が小さな頃は気分転換になると言って、庭でよく遊んでやっていた。

宗さんも一緒になって遊んでくれていた。

だから子供達は父親が大好きで、宗さんにもなついていたのだった。

加奈子は充分働いた夫にご苦労様と労って、すぐに税理士に連絡して、粛々と会社を閉める準備に取りかかっていった。

夫は仕事が趣味でギャンブルや贅沢もすることはなく毎晩好きなお酒を飲みながら、テレビで野球や相撲や時代劇を見るのが大好きで、いつの間にかリビングのソファーで寝落ちするのがいつもの風景だった。

会社は始めるよりも終わる時の方が大変なのだと身に染みた。

何も借金はなかったが、一応有限会社となっていたので、その辺も税理士がいなければ何ともならなかった。

夫も、仕事を辞めた後の人生の方が大変だろうなあと考えてもいた。

少し寒くなってきた十一月の始め、その日も税理士とこの先の手続きについて、話をしながらソファーに座って書類を見ていたらしい。

夫が判断しなければいけない事も多かったので、税理士から仕事の後に話を聞いていたのだ。

加奈子は夕飯の支度でキッチンにいた。

夫は急に胸が苦しいと言い出してソファーに倒れ込むようにして意識を失った。

すぐに救急車を呼んで病院に搬送された。

病院の先生方も心臓マッサージや電気ショックで蘇生させようと一生懸命にやって下さったが、結局息を吹き返すことなく逝ってしまった。

急性心不全だった。

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