71歳の恋愛小説家
健司にマンションを譲ることは長男も次男も了承してくれた。

加奈子はまだ元気に動けるうちに自分の終う場所をしっかりと見つけて心置きなく暮らしたかった。

そこでも小説はかけるので、出版社の担当とは専ら携帯とWEB会議で話し合い、小説はメールで送った。

時々東京に行かなければいけない時もあったが、体が動く内は長男の娘に付き添いをバイトで頼んでついて行ってもらった。

孫は就職していたが、水木が休みの不動産関係の会社だったので、なるべく孫の休みの曜日に打ち合わせを設定してもらった。

東京にも行けてバイト代も沢山貰えて言う事なしだと喜んでついてきてくれた。

荷物持ちと東京での地下鉄の誘導などしっかりとサポートしてくれる。

大抵一泊することになるので、夜には銀座に行って二人で歌舞伎を見たりした。

時々会社が終わった火曜日から出かけてゆっくり二泊してくることもあった。

余裕がある日程の時は美術館にも行った。

好きな印象派の画家達の絵が来ている時は見たくなるのだ。

孫は休みなしで歩き回る加奈子に”ばあば、あと二十年は大丈夫だね”と言って笑っていた。

孫は私が打ち合わせをしている間は、青山や渋谷に出て洋服を買って楽しんでいた。

もちろんそんなときは加奈子のカードを持たせて買い物をさせていた。

そんな風にして、加奈子は二度目の人生のリセットを終えて、ゆったりと自分のペースで小説を書いて投稿したり、たまに出版してもらえたりと人生の最後に、思いがけない幸せな時間を与えて貰えた。

夜には夫の仏壇にいつもお参りして今日一日の出来事を話すのが、一日の終わりの儀式である。

ホームのガーデンもいつもきれいに整えられていて、頭を休めるために加奈子はよく散歩をしている。

ホームでも気さくな加奈子は入居者たちといい関係を築いていた。

深入りはせず、日々の会話を楽しむ上辺の関係だが、それで十分なのだ。

友人たちも一人二人と先立って行った。

もう自由に動けなくなっても、今はラインがあって写真を送って楽しみを共有したり、日々の暮らしの報告や愚痴も言い合ったりできる。

ここでの暮らしで寂しいと思うことはなかった。

ベランダから琵琶湖に沈む夕日を見るのも楽しみの一つだ。

東区のマンションの八階のベランダから見る日没の景色も好きだったが、今はこの優しい自然の色合いと風景に何より癒される。

湖は季節やその日の天気、日々の時間帯でも水の色が変わり周りの景色も変わっていく。

昨日のそれとは違う変化を見つけて、空気の違いを感じるのが楽しみでもあった。
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