その青は廻る
《月は闇を裂いて 背中に滑る
ゆっくり 開いて 朽ちる光
 雨に挿す指先 "サヨナラ"を浮かべ 窓が霞んでゆく
 堕ちた雫 救って 絡んで 鳴いて 伝えて この想いは
 隠して 見ないで 早く行って その手を放して……》


 カーラジオから、懐かしい曲の終わりと共に『お届けしたのは佐伯龍騎の……』と、DJの声が続く。

 そのタイトルも知っているし、歌詞も知っている。歌詞カードを見なくても口ずさめるほど、繰り返し聴いてきた。

「着いたぞ」不意に聞こえてきた声が、耳にしていたものと重なる。重低音で響くそれは、カウントするように、鼓膜を震わせていた。

「どうした?帰りたくないのか?」

 同じ声を、どこかで聞いている。

 朧気な視界の端のほうで、デジタル時計の中央にある、小さな二つの点が正確に点滅していた。

――あれは、高校卒業前の、暑い夏の日だった。

 親にも学校にも内緒で、稔がバイトしていた店で、雑用係として働いていた。学校に何人かの友達はいたが、家に自分の居場所はなかった。だから、なるべく遅くなるようにと、何かと用事を見つけて、いつも始発の地下鉄で帰っていた。

 最初は雑用だったのに、いつの間にかヘルプになって、数人のお客が着いた。自分より年上が多かったが、その中に若い男が一人だけいた。その人は『戸田』と名乗っていた。

 それは通称ではなく偽名で、夜の世界では一般的なこと……。けれど――

「じゃあ、海でも見に行くか」その言葉も覚えている。文字通りに一緒に行ったことも、砂浜の中で車のキーを落としたことも覚えている。それを口実に、不意をついてストラップを渡してくれた。

『おそろだな』と言ったときの、口元を上げる仕草が、よく似ている。いや、それは違う。その時、戸田は言っていた。

『そいつに振られたら、俺のとこ来いよ。待ってるから』

 そこで、初めての出会いが、次々に脳裏へ流れてくる。団体客が帰ったVIP席の、散らかったテーブルの上の片隅に、一枚のCDが置かれていた。

 誰かの忘れ物かと、手にして見ていると、一人の男性が向かってくるなり、溜息混じりに言った。

『それ、要らないから、捨てといて』と煙草を口にし、火を着けたあとで、テーブルの上を軽く片付けながら、深く吐き出した。

『じゃあ、持って帰りますね。これ、探してたんで』と言いながら、軽く側面を服の袖で拭いて、踵を返した。すると、背後から『なぁ、名前聞いてもいいか』と聞こえた。


『玉城柚月です』

『本名だろ、それ……』

『お客様は』

『俺?俺は……、戸田。戸田龍騎』

――おそらく、偽名を使ったのではない。咄嗟に口をついて出たのが、その名前だった。
< 10 / 35 >

この作品をシェア

pagetop