その青は廻る
 稔から聞いたことを、特に羨ましいと思えず、ただプリンを口にして、名前を出さないようにした。なのに……。

「そういえば」と稔は思い出したような声を出し、煙草を携帯灰皿に入れながら、「佐伯さん、褒めてたぞ、柚月のこと」と言って、それをポケットに仕舞う。その名前を聞いた途端に、口の中が苦くなった。

 そこでジュースに手を伸ばしたけれど、すぐに腰を上げて、キッチンへ向かった。すると、稔がこちらを向くようにして、「よく気が利いて、空気も読めるし、いい女だって」と言った。
 口に含んだ水を、思わず吹き出しそうになって、慌てて口元を拭いながら、「そんなこと言うわけないでしょ?」と強めに返した。

「あぁ、そうだ。いい女とは言ってなかったわ。なんだっけなぁ……」思い直すような口ぶりで、首元を掻きながら、天井を仰いでいる。その様子に少し苛つきながら、水を飲み込む。次第に冷静になったところで、「あ、思い出した。真面目に働いてくれそうで、安心したってさ」と短く息を吐いた。

「真面目かどうかは、わかんないけど……。働くのは当たり前のことだし……」コップに水を注ぎながら、満たしたところで、「それに……、佐伯さん、一人で大変そうだし……」と、水を眺めていた。その名前を呼ぶときだけ、声が萎んでいる気がした。

「まぁ、会社立ち上げてから、そんなに経ってないからなぁ……」体を解すように、首や肩を鳴らして、最後に背伸びをして、ふと息を吐いた。

「いつ頃、立ち上げたの?」水を手にしながら、浮かんだことを、ただ口にした。

「いつだったっけなぁ……、正確に覚えてるわけじゃねぇけど、二、三年前?」軽く腕を組んで、前を向いている。

 ちょうどその頃、会社で揉め事が起きていた。退職と求職で悩みながら、在籍を選んだけれど、結果的に会社を離れて、ようやく肩の荷が降りた気がする。

「そろそろ、行かなきゃ」半分ほど残った水を、一気に飲み込むと、テーブルのほうへ向かった。

「俺も帰って寝るわ」そう言いながら、大きな欠伸をした。

「結局、寝るんかい」思わず突っ込むと、稔は軽く肩をすぼめて、口の端を上げた。

 テーブルの上に広げた私物を鞄に入れて、最後に煙草を手にしたところで、「あ、それ。佐伯さんに渡しといて」と稔は軽く言って、こちらへ向かってくる。そして、コーヒーを一気に飲んで、「昨日、一本貰ったからさ、そのお礼とか、なんとか適当なこと言っといて」そう言いながら、玄関先へ行くと、こちらへ向いた。

「分かった」煙草を鞄に入れて、玄関先へ向かっていく。いつものチェックはしたし、あとは鍵をかけるだけだ、と考えていた。
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