その青は廻る
 玄関先で靴を履いていると、少し斜め後ろにいた稔から、「なぁ」と声を掛けられた。軽く返事をすると「今度からモニター見ろよ、絶対」と言われて、浮かびかけた過去を、すぐに奥へ押し込んだ。

「うん……」急に足が鈍くなった。

「……約束、な」そう言って、稔は小指を出した。そこに指を掛けると、「指切りげんまん、うそついたら、蟹おーごる、ゆびきった」と早口で言って、軽く笑った。

「旅費くらい出してよ」思わず口にしたところで、稔は「ばーか、北海道じゃねぇよ」と軽く小突いた。そして、「ほら、早く行かないと、佐伯さんに怒られるぞ」と急かした。

 そこで慌てて玄関を出て、鍵を閉めていると、背後で稔が、「あの人、怒らせたらこえーからなぁ……」とぼやいた。

「そんなに?」と聞きながら、足を進めると、隣で稔は気まずそうな顔をして、「さすがに手出しはして来ないけど、すっげぇ圧かけてくるし……」と正面玄関を抜けていく。外へ出ると、稔は隣に並んだ。

「俺が少しでも変な言い方すると、すっげぇ顔で見てくるし……。いつ、殴られてもおかしくねぇわ、あれは」静かに首を振りながら、長い息を吐く。停めていた自転車に跨り、ヘルメットを被ってリュックを背負うと、「まぁ、柚月は女だし、絶対ないと思うけど。無理すんなよ」そう言って、走り出していく。

 角に差し掛かる前に、稔は軽く手を振った。

『いや、ホンマに働いてんのかい』と脳内でツッコミを入れて、すぐに昔話を思い出していた。

『そういえば、自分の店出したいって言ってたっけ……』

 夢に向かって、ただひたすら走っていく。その背中が眩しく見えた。

 最寄り駅へ向かいながら、ゆっくりと足を進めていく。そして、出入り口で立ち止まり、空を見上げた。

 そこには青が広がっていて、雲が穏やかに流れている。その雲の合間から太陽の梯子が降りていた。
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