その青は廻る
 スタジオの正面玄関へ向かっていると、シャッターの横で誰かが立っているのが見えた。その人は帽子を目深に被っているけれど、髪の長さや佇まいで女性だと分かった。女性は携帯を手にして、俯いたままだった。

 彼の知り合いか、あるいは誰かと待ち合わせているのかと思って、足を進めていくと、その顔がゆっくりとこちらを向いた。

 近づいたところで、「遅い」と少し駄々をこねるような声で、口を尖らせた。

「あ、の……、どこかでお会いしましたか……?」おそるおそる尋ねると、女性はすぐに眉を寄せて、「わかんないの?」と不機嫌な声を出す。かと思えば、「わかんないか……、ごめん」としょんぼりしていた。

 次々に態度を変える様子に、困っていると、彼女はこちらの顔を覗き込むようにして、「か・の・ん」と丁寧に言った。

 そこで、二つの選択肢を浮かべて、結局は、「お疲れ様です」と返した。

「お疲れ様。てか、早く中に入れて。さむい」急かすように、こちらの腕を掴んで促してきた。

 そこから、スタジオのシャッターを開けて、ドアを開くと、歌音が早足で進んでいく。それを視線で追いながら、出入り口のドアを閉めた。
 後を追うように廊下を歩くと、個室のドアから顔を覗かせて、「早く」と急かしてくる。何をそんなに、と思ったところで、妙な感覚が湧いてくる。

 あの時、歌音は彼と親しげに話していた。彼は仕事に夢中だったけれど、あれほど近い距離で、話しかけられても平気そうだった。そう考えたところで、息が詰まる気がした。みぞおち辺りを押さえられたみたいに、鼓動も早くなっている。呼吸を整えるように息を吐いて、ごくりと唾を飲み込んだ。

「なにしてるの?」と再び歌音が顔を覗かせて、こちらを見ると、「もしかして、緊張してる?」と笑った。

「いえ……」そう返したものの、体のあちこちに、針が刺されたようだった。

「座って」そう言いながら、ソファーの右端を軽く叩く。促されるままに、そこへ腰掛けて、タイミングを見計らっていた。けれど……。

「急に来て、驚かせちゃって、ごめんね……」聞こえた声が沈んでいた。

「いえ、気にしません……」同じように声を落としていた。

「そんな、緊張しないで。ただ、話したくて来ただけだから」明るく笑って、「ね?」と可愛く口角を上げている。

「じゃあ、先に飲み物買ってきます……。お水でいいですか?」そう返したところで、ただの勘違いで先走ったことに、苦笑いも浮かばなかった。
< 28 / 35 >

この作品をシェア

pagetop