その青は廻る
 同性でも見惚れるほどの姿に、深夜の歌番組を思い出す。

『ね、ダーリン、ぎゅっとして、そのまま連れてって、膝の上。ね、ダーリン、ハグもして、そのまま連れてって、愛の中』

 大きな瞳の片方を閉じる茶目っ気溢れる仕草と甘い声。常にカメラを意識しながら間奏に乗る、完璧な身のこなし。その姿に相応しい歌声も、「歌音」という名前も、文句のつけようがないほどの存在感があった。
 
 そんな彼女が足を進めるなり男を見つけると、真っ直ぐに向かっていき、大げさに両手を広げ、周りの目も憚らずにハグをした。彼女は男に抱きついたまま、親しげに話しかけている。

 それは久しぶりに会う友達のようで、恋人のように見える。けれど、男の方はされるがままに見えて若干腰を引いているし、なにより彼女の話に顔を向けず、視線や指先で所定の位置に着いた人達に指示を出している。

『ここでは業務以外のことは許されないのかもしれない……』と唾を飲み込み、姿勢を正して静かに息を吐き出す。目の前では大きなガラス窓越しに、彼女が男へ無邪気に手を振っている。

 そこで、ふと『ここでの業務とは?』などと哲学的な疑問を浮かべ、出入り口で立つ以外の指示がないことから、余裕が湧いてくる。ゆっくりと状況を見渡し、今がチャンスだと言わんばかりに携帯を取り出す。

 検索ワードを頭の中で描きながら、男の名前を探ろうと、指先が検索窓に触れるまであと数ミリのところで、節くれが目立つ手が画面ごと覆った。

「仕事中は携帯禁止。没収」と言いながら男は携帯を持ち去ると、元の位置へ戻り、片方の手で携帯を操作し始める。その様子に思わず『自分はええんかい』と脳内でツッコミを入れ、続けざまに『王様にでもなったんか』などと毒づく。

 業務中であることすらも忘れて、少しばかりの不服を抱える。だが、そうしたところで何も変わることはなく、時は過ぎ行く。

 どれくらい過ごしただろうか、何か情報を得られないかと探ってはみたものの、手掛かりになるものもなく、もはやただの置き人形と化して、無の感情だけが広がっていた。

 その中で、ガラス窓の向こう側、ふと照明が消されたことに気づく。それを皮切りに、一人が立ち去っていき、また一人とその数を増し、そして彼女が、少しだけこちらに視線を向けたあと、すぐに個室をあとにした。
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