別府の湯けむり、君と50年の未来

迎えに行く、その前夜

 雪と別れて、2年が過ぎた。

 遥斗は、あの日から誰よりも仕事を頑張った。

 朝早くから働き、夜遅くまで仕事をする。

 別府の温泉。

 観光。

 地元の人たちとのつながり。

 自分が生まれ育った街を、もっと多くの人に知ってもらいたい。

 そんな思いを胸に、毎日走り続けた。

 努力が実を結び、給料も少しずつ上がっていった。

 そして――。

 遥斗は会社を立ち上げた。

 温泉に関わる事業を中心に、別府の観光にも携わる会社。

 自分が社長になった。

「……ここまで来たか」

 会社の窓から別府の街を眺める。

 湯煙が立ち上っている。

 けれど、どれだけ忙しくなっても、遥斗の心の中から消えない人がいた。

 雪。

 そして、あの日の約束。

 「一緒に別府に帰ろう」

     *

 迎えに行く前日の夜。

 遥斗は、雪のお母さんに電話をかけた。

「もしもし。お久しぶりです」

『遥くん? 久しぶりね』

「はい」

 遥斗は少し緊張していた。

 でも、伝えたいことは決まっていた。

「明日、雪を迎えに行きます」

 電話の向こうが静かになる。

「約束通り、嫁として雪を迎えに行きます」

『……そう』

 お母さんの声が、少し震えた。

「本当に……明日なのね」

「はい」

「遥くん、ありがとう」

 遥斗は深く息を吸った。

「それから、もう一つお伝えしたいことがあります」

『なに?』

「雪と一緒に別府へ帰ってきたら、別府で婚姻届を出そうと考えています」

『……』

「八幡朝見神社にも行きます」

 遥斗の声は、まっすぐだった。

「雪と二人で、これからの人生を歩みたいんです」

 お母さんは、しばらく黙っていた。

 やがて――。

『遥くん』

「はい」

『雪のこと、よろしくお願いします』

「はい。必ず幸せにします」

『明日、待ってるね』

「ありがとうございます」

 電話を切った遥斗は、しばらくスマートフォンを握っていた。

 明日。

 五年越しの約束が、本当に現実になる。

 雪を迎えに行く。

 別府へ連れて帰る。

 そして――。

 二人の人生を始める。

 遥斗は窓の外の湯煙を見つめた。

「雪……」

 小さく名前を呼ぶ。

「明日、迎えに行くけん」

 別府の夜は静かだった。

 けれど遥斗の胸の中には、明日へ向かう熱い想いが満ちていた。
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